週報巻頭言

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上尾教会の将来は大きな希望がある

10年後の教会はどうなっているのか想像したことはあるだろうか。日本基督教団では「2030年問題」が大きく取り上げられている。2030年には、教会員の三分の二が75歳以上になり、信徒数が半減すると予測されるからである。それはバプテスト連盟も似たような傾向にある。連盟の教勢報告を見ると、過去10年間の推移は下降線を辿っている。2009年度と2019年度の各項目をみると、現在会員16,560→13,744、礼拝14,472→11,323、祈祷会3,398→2,914、教会学校

8652→6,455、受浸582→275、ただ唯一増えているのが、召天166→222、

この傾向は、日本の社会が少子高齢化が進んでいく中で、増々、進んでいくだろう。

では、教会は将来に希望がないのだろうか。今、エレミヤ書を聖書日課で学んでいるが、そこから教えられることは、神の民には、バビロン捕囚という現実の苦難の中でも、将来に希望があるということである。わたしは、あなたたちのために立てた計画をよく心に留めている、と主は言われる。それは平和の計画であって、災いの計画ではない。将来と希望を与えるものである。」エレミヤ29:11、「あなたの未来には希望がある、と主は言われる。」同31:17。確かに、現実だけ見ると、どこにも希望を見い出すことはできないだろう。しかし、神の御計画に目を留める時、希望を抱くことができる。

『社会に開かれた教会』という本に、下記のように語られていたことが印象に残った。『教会史的に見れば、教会は内外の大きな危機や試練を抱えつつ、生き延び、乗り越えてきました。キリスト教の土台が形成されていったニ世紀から四世紀頃までの初期キリスト教は、内部からは「異端」、外部からは迫害と疫病伝染による死の恐怖と背中合わせの危機の中にありました。しかし、その中で現在の旧新約聖書66巻の正典や「三位一体」などの教理の骨格や信条が定まっていったのです。迫害や疫病は、かえって相互扶助の愛を増させ、国家にもキリスト教撲滅を諦めさせるに至るほどに教会の信仰と絆を強固にしたのです。』

今、コロナ危機の中で、教会が弱くなったかというと、むしろ、強められていると感じている。コロナという疫病が、「かえって相互扶助の愛を増させ・・教会の信仰と絆を強固にしている。」からである。この半年間、礼拝を守るために、献身的に奉仕してくださった方々、背後の祈りで支えてくださった方々、相互の交わりのために時間を割いてくださった方々、など生き生きとした信仰が随所にみられた。自らを聖なる神の宮として建て上げていくなら、上尾教会の将来は大きな希望があると言える。

伝道は神のなさること

いつもの年ですと、10月は会堂○○周年記念と謳って、外部から講師を招き、チラシを配布して、大々的に伝道してきた。しかし今年は、コロナの影響で3月から外に向けての伝道の働きは休止せざるを得なくなった。どのように伝道したらよいのか戸惑っていたが、最近は表立って伝道していないにも関わらず、新来者が次々と来れるようになった。改めて、伝道は神のなさることであると痛感している。

近藤勝彦先生の著書『日本の伝道』という書物の中に、下記のように記されていた。

伝道は神ご自身の御業です。私たち人間の小さな努力が用いられますが、しかしそれは神ご自身がその御計画によって用いてくださるのです。「神の選び」がまずあります。聖書に、神は「世の無に等しい者」(1コリント1:18)を選ばれたとあるように、伝道する者を召すのは、「神の選び」によります。イエス・キリストの御言葉に「あなたがたがわたしを選んだのではない。わたしがあなたがたを選んだ。」(ヨハネ15:16)ともあるように、キリストによる神の選びからキリストを信じる信仰も、救いも、そして伝道も始まっています。伝道は、神の御計画に基づき、「神の選び」から始まります。ということは、伝道は本来的な主体は神であるということです。神が伝道されるのです。伝道は「神の伝道」(Missio Dei)です。』

伝道は「教会に委ねられた業」であるから、人間が立てた計画を神は用いてくださると考えてきたのでないか。その一方で、計画が上手くいかず、教勢が上がらないと、失敗だったとか、意味がなかったと、評価してしまうのでないか。しかしその時、「伝道は本来的な主体は神であるということです。神が伝道されるのです。」という視点を見失っているように思う。「神の伝道」に、私たちは選ばれて仕えているのである。神は教会に先立って、すでにこの世界で救いの業をなさっておられる。教会はそれに従っていくだけである。教会は、その神の働きを共に担い、この世に仕える群れである。伝道とはそもそも人間が何かを成し得るようなことではなく、私たちはただ福音の言葉を宣べ伝えることによって、神の御業に参与させて頂くことである。

私たちは、このコロナ危機においても、「御言葉を宣べ伝えなさい。折が良くても悪くても励みなさい。」Ⅱテモテ4:2と勧められている。神ご自身が教会の外に出て行って、その救いの業をなさっている。この神に従う教会も出て行かなければならない。毎週の礼拝の最後の「祝福と派遣の祈り」で、私たちはこの世に送り出されるのである。自分の遣わされた場所で、言葉と行いをもって、主を宣べ伝えていこうではないか。

 

私から始める、世界が変わる!

毎年上尾教会では、10月16日の「世界食料デー」の働きを礼拝の中で覚え、祈りを捧げ、献金を「日本国際飢餓対策機構」に送っている。世界の死亡原因の第一位は「飢餓」である。一分間に17人(その内12人が子供)が飢餓で亡くなっている。日本では考られないことであるが、今も世界では6億9千万人が、飢餓で苦しむ。それは世界の11人に1人、アフリカ全体では4人に1人に当たる。

その原因は、穀物が不足しているからではない。世界では、穀物だけでも世界中の人が生きでいくのに必要な量の倍近く生産されている。それなのに世界の飢餓人口は減るどころか増え続けている。それはなぜか。世界人口の18%が暮らす先進国の人たちが、世界の穀物の39%を消費しているからである。言いかえると、世界のおよそ5分の1の先進国の人が、世界中の穀物の5分の2を消費していることになる。そして世界人口の5分の4が開発途上と言われる国に住み、世界の5分の3の穀物で暮らしている。今、アフリカ東部では、干ばつによって作物の収穫が少なく、深刻な食糧難に陥っている。とりわけ子供や女性の栄養不足は深刻である。

 

飢餓の原因は、食料不足ではなく、災害や紛争であったり、人間の貪欲さであったり、社会の不平等さや貧困であったりする。ボンヘッファーは、「誰かが自分のパンを自分のためにだけ取っておこうとする時に、初めて飢えが始まる。これは不思議な神の掟である」と警告を鳴らす。飢餓状態にある子供の80%は、余剰食糧を生産している国の子供たちである。輸出用(日本などの先進食糧輸入国)の食糧を生産している隣りで、食べることがままならないという状態で過ごさなくてはならない子供たちが大勢いる。つまり、食糧支援を行うだけでは、根本的な解決には繋がらない。

日本国際飢餓対策機構の標語に、「私から始める、世界が変わる」とあった。何を「私から始める」と良いのか。それは「Go Toイート」に関心をもつ以上に、飢餓で苦しむ人々に関心をもつことである。「愛の反対は、憎しみではなく無関心です。」とマザー・テレサが語ったように、愛は、相手に関心をもつことから始まる。すると「主の祈り」も、飢餓で一人も命を失うことがないように、「我らの日々の糧を今日も与えたまえ」という思いを込めて捧げるようになるだろう。私たちは、自分に与えられたパンを、自分のためにだけ取っておこうとするのではなく、他者のために用いていきたい。「受けるよりは与える方が幸いである」使徒言行録20:35、との主の言葉に生きたい。

人生の四季を豊かに生きる

自然に四季があるように、人生にも四季がある。すべてが新しく芽生える春のように、すべてがうっそうと茂る夏のように、すべてが豊かに実る秋のように、すべてが深く眠る冬のように、私たちの人生にも四季がある。スイス人の医師ポール・トゥルニエによると、春は20歳まで、夏は40歳まで、秋は60歳まで、冬はそれ以後だと言う。しかし、現代は人生100年時代を迎えているので、春は20歳まで、夏は50歳まで、秋は80歳まで、冬はそれ以後だと呼んでもよいと思う。

春は、人生の準備段階である。この春の時期に充分準備段階を経た人は、夏を謳歌することができる。夏は、活動の時期である。自立して何でもすることができる時期、失敗したり喜んだり、挫折して苦しんだり、それが夏の時期である。秋は、収穫の時期である。春と夏を経て、様々なことを成し遂げ、自分の人生の使命を果たす時期である。冬は、成熟の時期、人生の総括の時期である。それまでの人生を総括して、いぶし銀のような人生の実を結び、多くの人に分け与えることができる時期である。

人生のそれぞれの時期を、ふさわしく過ごすことができたら幸いである。しかし、私たちはなかなかそのように歩むことができない。例えば、春(子供)の時期、充分な信頼関係や愛・優しさを学ぶことができなかった場合、希薄な人間関係が身についてしまい、自分がどういう人間かも分からなくなってしまう。その結果として、夏の時期になっても、伸び伸びと活動することができない。「もっと元気を出しなさい」とか「若いんだから」などと言われても、その力がでないので、苦しくなるだけである。

この時期に得るべき力を得ないままに、その年代を通り過ぎて来てしまったとしたら、どうしたら良いのか。たとえ春の時期に充分な愛を受けることができなかったとしても、「わたしの目にあなたは価高く、貴く」イザヤ43:4と言われた神の愛を頂くことによって、神は私たちの内に欠けていた春を、夏、秋を再現してくださり、どの時期にあっても、いぶし銀のように輝く人生をもたらしてくださるのである。ある人は「老年とは喪失の時代だ」と言う。確かに、体力を失い、職を失い、収入を失い、楽しみを失い、妻や夫まで失って、最後には自分の命まで失う。しかし、ポール・トゥルニエは、「冬は終わりではなくて、春から始めて来た多くの養分が蓄えられて、たくさんの永遠の実を結び、完成される時であり、それが老境の時である。」と言う。主を信じる者にとっては、冬は喪失で終わらない。「たくさんの永遠の実を結ぶ」希望の時である。

「死への準備教育」の必要性

日本で「死への準備教育」の普及に努め、「死生学」を定着させたアルフォンス・デーケン先生(カトリックの神父)が今月6日、88歳で召天された。先生は、死には4つの側面があると言う。第一に、心理的な死。生きる意欲が一切なくなったら、肉体的に死ぬ前から死んでいる。第二は、社会的な死。人間は、社会との関りがなくなると、独りぼっちになり、社会的な死を招く。第三は、文化的な死。文化的に潤いがなければ、ただ生きているだけであって、人間的に生きているとは言えない。第四は、肉体的な死。医療の進歩により、日本は世界一の長寿国になったが、長生きすることが、必ずしも人間らしく最後まで豊かに生きることにはならない。生涯、健康的に長生きできるように、生き甲斐と潤いのある文化的な生活と、友人との語らい、家族や親戚とも仲良く暮らせるよう努力や工夫を重ねることが大切である。

死は誰にでも必ず訪れる普遍的、かつ絶対的な現実である。私たちは生きている限り、いつかは親しい人の死を体験し、最終的には自らの死に直面する。もちろん、死そのものを事前に経験することはできない。それでも身近なテーマとして自覚し、確実に訪れるその現実を受け入れるための心構えを習得することは誰にでも必要である。デーケン先生は、「日本人は試験前には熱心に準備するが、人生最大の試練と考えられる死に対してだけは全く準備しようとせず、ほとんどの人が何の心構えもないまま死に臨んでいる。」と指摘する。それは、死を忌み嫌うものとして、タブー視してきたからではないか。しかし、「死への準備教育」こそ、よりよく生きるための教育だと言う。死への準備教育は、第一に、時間の大切さを発見できる。第二に、命の尊さを改めて考えられる。死と向き合うことは、限りある時間と命の尊さに気づくことだと言う。

デーケン先生は、様々な危機や価値観の転換に見舞われる中年期を過ぎた時期を、豊かな老いを生きていくための「第3の人生」と呼び、6つの課題を示した。1.過去の肩書きなどを手放し、前向きに生きる。2.人を赦し、わだかまりを残さない。3.自分の人生を支えてくれた多くの人たちに感謝する。4.旅立ちの挨拶をちゃんとしておく。4.遺された人たちに配慮して、適正な遺言状を作成する。自分なりの葬儀方法を考え、周囲に知らせておく。どれも後回しにしてはいないか。神様との出会いは死後の約束ですから、大切な人との再会の希望と喜び、天国の魅力について想います。自分の死について考える時、最後まで人のために役に立つことを希望しています。」そんな生き方を私たちもしたい。

 

 

最上のわざ 

最上のわざ

この世の最上のわざは何?

楽しい心で年をとり 働きたいけれども休み

しゃべりたいけれども黙り 失望しそうな時に希望し

従順に、平静におのれの十字架をになう

若者が元気いっぱいで神の道をあゆむのを見つけてもねたまず

人のために働くよりも、謙虚に人の世話になり、

弱って、もはや人のために役だたずとも 親切で柔和であること。

老いの重荷は神の賜物

古びた心に、これで最後のみがきをかける

まことの故郷へ行くために

おのれをこの世につなぐくさりを少しづつはずしていくのは、真にえらい仕事。

こうして何もできなくなれば それを謙遜に承諾するのだ。

神は最後に一番よい仕事を残してくださる。それは祈りだ。

手は何もできない。けれども最後まで合掌できる。

愛するすべての人の上に、神の恵みを求めるために。

すべてをなし終えたら、臨終の床に神の声をきくだろう。

「来よ、わが友よ、われ汝を見捨てじ」と。

上記は、ヘルマン・ホイヴェルス(カトリックの神父、上智大学元学長)が書いた『人生の秋に』に紹介されている「最上のわざ」という詩である。「老いの重荷」は「神の賜物」として与えられているという。さらに私たちには、神が最後まで残してくださった「祈り」という「最上のわざ」を捧げることができるという。この一言一言が心に沁みてくる。人生の最終段階において、たとえ何もできなくなったとしても、最後まで祈りを捧げることができるということは、何と感謝なことか。「病気で寝たっきりになっても、私にはやることがあって、これでも毎日忙しいですよ。」と、お見舞いに行った方から言われた。お聞きすると、毎日、御言葉を聴いた後に、信仰の友のために、教会のために、人々の救いのために、一時間は祈るとのこと。「美しく老いる」という言葉があるが、この方の生き方は、まさにそのように年を重ねる姿ではないか。「最後まで合掌できる」私たちも、このように年を取りたいものである。

あなたの未来には希望がある

今、「聖書日課」を通して、エレミヤ書を学んでいる。エレミヤは祭司の子として生まれ、紀元前627年から約45年間、活動を続けた預言者であった。その期間は、北王国を滅ぼしたアッシリヤの攻撃が南王国ユダに迫ってきた頃から、バビロンによって滅ぼされる時(前586)にまで及んでいる。つまりユダ王国がバビロン捕囚という破局に向かって進んでいた時代、まさに動乱の時代に神の言葉を語ることがエレミヤに託された使命であった。それ故に、背信の民である同胞から非難され、迫害され、投獄されるが、その同胞と共に運命を共有しようとした。エレミヤは「涙の預言者」と言われるほどに、悲しみを体験した預言者でもあった。

そのようなエレミヤが、祖国が滅ぼされ、多くの同胞が殺され、捕囚となった破局の只中で、希望を語ることさえ躊躇われる中で、「あなたの未来には希望がある」と宣言するのである。すべてを失って茫然とする人達に向けて、もはや生きる希望も未来もないと嘆き悲しむ人達の傍で、泣く声が聞こえるその只中で、「泣きやむがよい。目から涙をぬぐいなさい。あなたの苦しみは報いられると、主は言われる。あなたの未来には希望がある。」エレミヤ31:16-17(抜粋)と、神からの希望の言葉を伝えるのである。

しかし、その言葉は悲嘆にくれる人々には理解されなかった。エレミヤは激しい非難にさらされて孤立する。彼もまた苦悩に満ちて嘆き悲しみ、涙する。「泣くな。目から涙をぬぐえ。苦しみは報われる。希望はある。」という慰めは、誰よりもまずエレミヤその人をも励ます言葉であった。彼自身がこの言葉によって支えられ、未来に希望を抱いて立ち上っていればこそ、彼はこの言葉を人々に伝えずにはいられなかった。

エレミヤが生きたのは今から2600年前だが、その時代の人々と同じように、現代の私たちも、経済力や政治力、軍事力こそが要であると考えて、神によって生かされていることを自覚して慎み深く生き、お互いを大切にすることを疎んじて生きてはいないだろうか。人はとかく自らの力のみに依り頼み、それが危うくされると無力感にさいなまれ、希望を見失うのである。そうであればこそ、私たちは命の源である全能の神に揺るぎないご支配があることを心に刻み、「あなたの未来には希望がある」と告げる神に応えて、その責任を果たす者でありたい。「それ(知恵)を見いだすなら、確かに未来はある。あなたの希望が断たれることはない。」箴言24:14。畏れと慎みを知る真の知恵ある者には、未来があり、希望がある。その希望を抱いて生きていきたい。

 

ヨベルの年に向けて

旧約聖書のレビ記には、「ヨベルの年」が定められている。この「ヨベル」とは、角笛のことで、年の初めに、角笛を吹き鳴らすことからそう呼ばれた。その音は、多くの人にとって解放の知らせであった。「この50年目の年を聖別し、全住民に解放の宣言をする。それが、ヨベルの年である。」レビ記25:10。ヨベルの年がやってくると、負債は解消され、失った所有地も戻り、奴隷の身分になっていた者も自由の身に解放される、喜びの年、恵みの年である。人生のリセットが定められているのである。

上尾教会は来年、開拓50周年を迎える。1971年1月11日に、大原宅で開拓伝道が始まった。まさに上尾教会にとっては、来年がヨベルの年である。もちろん、今ある負債が解消されるという意味ではない。(そうであればよいのだが‥・)。かつて罪の奴隷であった私たちが、主の贖いによって赦され、神の恵みに生きる者にされたことを振り返る、喜びの年、恵みの年である。何度も不信仰に陥る私たちを、イスラエルの民に対するように、神は昼は雲の柱、夜は火の柱となって忍耐強く導いてくださった。その恵みに感謝し、新たな出発の時にしたいと願っている。

今年、コロナ禍の中で、信仰とは何か、教会とは何か、礼拝とは何か、私たちは立ち止まって深く考える時が与えられているのではないか。「ステイホーム」と叫ばれる自粛期間も、又、Go To トラベルキャンペーン」で出かけることが奨励される現在も、私たちは「ステイチャーチ」を選び取っている。それは、一途に「神を喜ぶ」ことを大切にしたいと願っているからである。神を喜ぶことこそ、今日を生きる力となるので、礼拝を第一とするのである。「今日は、我らの主にささげられた聖なる日だ。悲しんではならない。主を喜び祝うことこそ、あなたたちの力の源である。」ネヘミヤ記8:10

「神を喜ぶ」ということは、「神を喜ばせる」ことではない。アシュラムで中谷哲造先生の語られた言葉を思い出す。中谷先生が赴任した教会の過去を振り返った時、教勢が急激に減った時期があった。その事を調べていくと、教会員は様々な奉仕活動には熱心に励んでいたが、御言葉を聴くことには疎かであった。「主を喜ばせることに熱心」ではあったが、「神を喜ぶことには熱心」ではなかった、そこに信仰から離れていく原因があったと指摘された。これは私たちの教会でも過去に起った教訓である。「必要なことはただ一つだけである。」ルカ10:42と、マリアのように、御言葉に聴き入ることを主は私たちに求めておられる。その事を、今日の礼拝から始めたい。

伝えていく義務         教会員

私の母は、1932年(昭和7年)生まれの87歳である。女学校1年生の時に第2次世界大戦の日本の終戦を迎えた。母は、戦争の無情さ、無意味さ、苦しみ、腹立たしさを吐露する。母は、物心ついたころから軍事教育を受け、国民学校5,6年生より教育勅語を唱え、歴代天皇を覚えさせられる。未だにそらんじる母を、気味悪く思う。天皇陛下が現人神だという洗脳教育がなされていき、学校では、毎日「御真影」を拝む。そして大阪で8回にもわたる大阪大空襲に遭遇した。夜間低空爆撃で住宅密集地を標的にされたり、ナパーム弾(大型焼夷弾)をはじめたくさんの焼夷弾が落とされ、大火災が起こったり、転がった死体の上を踏みながら戦火を逃げ惑ったり、一晩中溝で身を潜めたりなどという体験をする。なかでも6回目の大阪大空襲では、母の住んでいた堺をねらった堺大空襲を経験し、それは、大阪南部の都市を一夜にして焼け野原にした。その時に戦闘機の機銃掃射をした操縦席の若い米兵の顔をはっきり覚えているそうだ。彼は、操縦かんを握りゲームのように機銃を打って行ったのだろう。戦争は、理性を動物的な脳に変えていく。花火を見ていつも焼夷弾を思い出し怖がる母を気の毒に思う。

戦争中は、都会では食べるものがなく、体力や思考は限界であったという。栄養失調の中、友との挨拶が、「生きていたらまた逢いましょう。」であったという。大阪では、この空襲で1万人以上の一般市民が死亡し、生き残ったことが奇跡に近い。

さて、今コロナ禍で期限のない恐れ、見えない敵との闘いの只中である。戦争を体験したり、震災を経験したり、新型コロナの世界に遭遇する母の人生を不幸の連続だといっていいのか。いや、それらを通して、本当に大切なものを神様から教えられた母は、ある意味神様に愛されてきたのではないだろうか。この新型コロナで世界中の人々に、「争っている場合ではない。世界が一つになれ!」と神様が警鐘を鳴らしておられるのではないかと思う。やがてこの新型コロナウィルスも抑えられる時が来たら、「死」と向き合った世界中の人々が、本当に大切なものが何であるかを知ることができますように、傷つけ合うより赦し合う世界が来ますように祈りたい。

「これらのことを話したのは、あなたがたがわたしによって平和を得るためである。あなたがたには世で苦難がある。しかし、勇気を出しなさい。わたしは既に世に勝っている。」

ヨハネによる福音書16:33

 

#もし75年前にSNSがあったら    教会員

「もし75年前にSNSがあったら、当時の人はどんなことをつぶやいていたでしょう?NHKでは、終戦の年(1945年)に広島で書かれた日記をもとに、75年前の暮らしをTwitterで毎日発信中です。」(広島放送局HPより抜粋)

7月末、この「1945ひろしまタイムライン」というツィッターを知った。早速フォローすると、1945年を生きる新聞記者の一郎さん、主婦のやすこさん、中学一年生のシュンくん(実在した方がモデル)達の呟きが2020年のツィッターに混ざって出てくるようになった。企画物であるとわかっていても、この3人のツィッターを読む時はまるでタイムスリップした感覚になる。しかし私は8月6日に何が起こるかを知っている。前日のツィッターは読む度に「あぁどうしよう、それどころじゃなくなるのに」と落ち着かない気持ちだった。翌朝、「今日もよく晴れている」などの呟きが出る度に心臓がバクバクした。そして「その時」の瞬間の呟きは「ん?」「えっ」…。

やがて混乱、動揺、惨状、家族や友達を心配するツィートがどんどん入ってきた。そして2、3日経った頃の「何だかだるい」「熱がなかなか下がらない」という呟きに、2020年の私は被曝のせいではないだろうかと心配なのだが、当の三人は身体を休めつつ、自身の為すべき仕事に戻ろうと必死だ。

このツィッターは今年いっぱい続くのだそうで、今も実在の日記の日付けに沿って呟きが流れてくる。中でも興味深いのは、やすこさんの心境である。妊娠中のやすこさんは、お腹の赤ちゃんの成長を心配したり、これからの世の中、この子は授かって良かったのだろうかと不安に思ったりする反面、8月15日の敗戦を知った時には「最後の一人になっても戦うんじゃなかったのか」と悔しがる。「命」について両極端な印象を受けるやすこさんのツィートに、私は誰しも持っている危うさを感じた。1945年の三人も2020年の私達も同じように今を一所懸命に生きている。しかし、どの一所懸命を選択するかで未来は変わるのだ。奇しくも今、私たちは日々選択を迫られつつ過ごしている。それは未来に何を残しているのか。私は「主に在る平和」に立って選びとって行きたい。

「主よ、わたしをあなたの平和の道具としてください。」(平和の祈りより)