週報巻頭言

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むしろ自分の弱さを誇りたい

今日の社会は、とても生きづらい時代である。コロナ感染症が続く中で、年間の自殺者数は2万人を越え、引きこもりの人は 115万人に上ると言われる。ひきこもっている人たちが抱える苦悩は計り知れない。「社会に居場所がなくてつらい」「自分はダメ人間だ」「外に出たいこともあるけど、人の目が気になって出られない」「なまけていると思われるのがいやだ」といった声が聞かれ、自分の存在を否定して苦しむのである。

しかし聖書を読む時、自分の弱さをむしろ誇ってもよいことに気が付く。パウロは、「自分の弱さを誇りましょう」「私は弱いときにこそ強い」Ⅱコリント12:9-10と語る。パウロ自身、大きな病を持っていたと考えられる。それが、てんかん、眼病、マラリア等であったかは定かではないが、パウロがその病について「とげ」とか「サタンの使い」と表現していることから想像すると、とてもつらい病であったことは確かである。

彼は病が伝道者としての仕事にとってもマイナスだと考えて、病の回復を真剣に主に祈った。すると、主は「わたしの恵みはあなたに十分である。力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ」Ⅱコリント12:9と語られた。「私の恵みはあなたに十分である」とは、彼が望んたように病が治ることではなかった。それは、病を患うことによって、自分を誇ることが出来ず、ただ神を頼って、謙虚に生きる他はなかったのである。

パウロは病を患うことによって、また他者の苦しみを自分の苦しみとすることが出来た。この「神の前の謙虚さ」「隣人に対する共感」を持つことが出来たことこそ、人間として一番大切なことではないか。彼の肉体のとげ、病は彼の絶望の理由とはならず、神の恵みの働く場所となった。マイナスがプラスに変わったのである。

星野富弘さんの詩はそのことを教えている。「私は傷を持っている。でも、その傷のところからあなたのやさしさがしみてくる。」「喜びが集まったよりも悲しみが集まった方が、幸せに近いような気がする。強い者が集まったよりも弱い者が集まった方が、真実に近いような気がする。幸せが集まったよりも不幸せが集まった方が、愛に近いような気がする。」

本当に強い人、それは神の前で自分の弱さを知った人である。本当に美しい人、それは神の前で自分の罪の深さを知った人である。これが、主の福音の逆説の真理である。パウロのあの強さは、彼の弱さの中にあったのである。主への信仰には、マイナスをプラスに変える力があることを知って、私たちもむしろ自分の弱さを誇りたい。「わたしの恵みはあなたに十分である。力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ」

「神の国運動」の担い手になろう!

洗礼者ヨハネの宣教の第一声も、主イエスの宣教の第一声も、「悔い改めよ。天の国は近づいた」マタイ3:2、4:17であった。イエスの宣教活動は、洗礼者ヨハネの行っ

た「神の国運動」を継続したともいえる。しかし、ヨハネの行っていた「神の国運動」をそのまま継続したのではなく、イエス独自の使命に基づく「神の国運動」を展開した。それは、ヨハネが行った「神の国運動」は、「裁き」が中心であったに対して、イエスの行った「神の国運動」は、「赦し」が中心であったと考えられる。

ヨハネは「悔い改めにふさわしい実を結べ。」マタイ3:8「良い実を結ばない木はみな、切り倒されて火に投げ込まれる。」3:10と言って、義人として歩むことのできる人々にとっては救いとなり得るが、そのように生きることのできない社会の底辺、最下層の人々にとっては、ヨハネの言葉は恐ろしい「裁き」の言葉に聞こえたのではないか。

イエスは、そのことに気付く。そして、どのような人も神に愛されている者として生きていけるということを示すために、社会の底辺、最下層の一人一人の心と体をいやしていくという活動を展開された。社会から差別され、排除された人々は、ヨハネが荒野に留まっている限り、ヨハネのもとに行くことができなかったのに対して、イエスはむしろ、これらの人々のもとに自ら出て行かれた。

「イエスは町や村を残らず回って、会堂で教え、御国の福音を宣べ伝え、ありとあらゆる病気や患いをいやされた。」マタイ9:35。イエスの宣教は、病人をいやし、悪霊を追い出すという力ある業をもって、神の国の福音が、生の全領域に及ぶことを示された。ルカ9-10章を見ると、12弟子に、更に、72人の弟子に、福音を宣べ伝え、悪霊を追い出し、病気をいやすための権能を授けている。その務めは、今日の私たちにも託されている。代々の教会は、病院や福祉施設を作って、宣教の働きを担ってきた。

「神の国運動」と言えば、賀川豊彦を思い出す。賀川豊彦は若き神学生時代、神戸のスラムに身を投じて貧しい人々の救済に専念し、壮年時代には、労働組合運動、農民運動、無産政党運動、生活協同組合運動、協同組合共済運動に献身し、生涯を通じて「神の国運動」に力を尽くした。そこには「群衆が飼い主のいない羊のよ

うに弱り果て、打ちひしがれているのを見て、深く憐れまれた。」マタイ9:36との主のまなざしが彼にも与えられたからではないか。神の国の福音に与った私たちも、「神の国運動」の担い手になりたい。「実に、神の国はあなたがたの間にあるのだ。」ルカ17:21

家族の救いのために執り成す

「あなたの願いは何ですか」と質問すると、「夫(妻)が救われることです。子どもが救われることです。」という返事が返ってくることが多い。家族の救いほど大きな願いはない。しかし、同時に、家族の救いほど困難に感じることはないという方も多い。しかし、安心してほしい。主イエスもまた「預言者は自分の故郷では敬われないものだ」とヨハネ4:44と言われ、家族伝道に苦労されたのである。

むしろ、聖書を読む時、家族の救いのために執り成す者があれば、神は、その家族全体を救済されるという箇所がたくさんあることに気が付く。例えば、アブラハムが、正しい者が悪い者と共に滅ぼされるのかと神に問うた時、神は、ソドムのために執り成す正しい者が少数でもいれば、ソドムの町は滅ぼさないと言われた。パウロは、「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたも家族も救われます。」使徒言行録16:31と語り、また「信者でない夫は、信者である妻のゆえに聖なる者とされ、信者でない妻は、信者である夫のゆえに聖なる者とされているからです。」1コリント7:14と語って、家族の一人が救われることは、その救いが家族全体に及ぶことを示している。

平山正美先生は、『ともに生きる家族と信仰の継承』の本の中で次のように語る。「これまで、プロテスタント教会は、どちらかというと、信仰問題を取り上げるにあたって共同体よりも個人の決断と責任を重んじる傾向が強かったと言えるのではないだろうか。日本では、まだ家族ぐるみでキリスト教に帰依しているクリスチャンホームは少ない。そのため信仰告白がはっきりしていない家族の一人が死んだ時、その人はどうなるのだろうかということがよく問題になる。私の周囲にも、牧師から『あなたは、クリスチャンだから天国に行けるとしても、ノンクリスチャンの親子、兄弟は地獄に行く』と指導されうつ病になった人がいる。個人の信仰を家族共同体と結びつけず、独立したものと捉えると、このような結論になる。しかし、聖書における救いの対象は、個人よりも家族共同体の方に重点が置かれているように思えてならない。勿論、神はその中核となる個人の信仰と責任も問われるであろうが。」

家族の救いのために執り成していれば、例え、家族が信仰告白をすることなく召されたとしても、失望することはない。「死んだ者にも福音が告げ知らされたのは、彼らが、人間の見方からすれば、肉において裁かれて死んだようでも、神との関係で、霊において生きるようになるためなのです。」Ⅰペトロ4:6。主は死んだ人にも福音を告げ知らされる「セカンドチャンス」があるとの約束は、私たちに大きな希望をもたらしてくれる。

 

神学校を支え、神学校で学ぼう!

私は先月より東京バプテスト神学校で「信徒のための伝道学」をオンラインで受け持った。かつては教室のある茗荷谷教会に通える学生だけであったが、数年前よりオンラインも併用し、昨年からはコロナ禍もあって、ほぼオンラインだけの授業となった。オンライン授業の良さは、神学を学びたい人は、どこからでも出席できることである。遠くは札幌や青森からも出席してくださっている。7名の受講生の内、4名はライブ授業、あとの3名はビデオ受講である。ライブ受講生とはその場で質疑応答ができ、ビデオ受講生もレポートを通して、意見交換ができる。受講生の方々の、伝道に対しての熱き思いや取り組みやを伺って、こちらが励まされている。

家庭で、教会で、神学校の授業が学べるとは、なんという恵みではないか。上尾教会でも、聖書を学びたい、教会音楽を学びたいと思った信徒が、家庭で、教会で、ライブ授業で学んでいる。それが無理な時は、あとでビデオで学んでいる。そして、今まで気づかなかったことを教えられ、聖書の読み方や賛美の仕方や奉仕に大変役立っている。神学校に行く時代から、神学校が教会に来る時代になったと言える。

今、どこの神学校でも、牧師としての献身を志す人々、特に青年の数が減少してきている。西南学院大学神学部でも昨年まで2年間新入生はゼロで、今年やっと2名の新入生が与えられた。諸教会が若い献身者を生み出す力を失ってきている。さらに教会が牧師を招く力を失ってきていることも実感する。連盟の諸教会は、経常費500万円以下の教会は半数に上り、牧師をフルサポートできる教会は多くはない。仕事を辞めて献身しても、生活のために兼職を余儀なくされる現状がある。ですから、牧師という仕事に魅力を感じる若者が少ないのは、不思議なことではない。

「バプテスト主義の原則から言えば、牧師がしなければならない仕事とか、信徒がしてはいけない仕事はないのです。言い換えれば、伝道も牧会も教会全体に与えられた働きであって、様々な人々が担えるならば、教会の仕事はもっと豊かに拡がる可能性を持っているのです。」連盟『活力ある教会づくり』。献身は、牧師として召される人だけではなく、全ての信徒に求められている。今日、教会に仕える信徒がいつでもどこでも学べる神学校こそ、求められているのではないか。東京バプテスト神学校は、信徒としての働き人を養成し、連盟の諸教会によき主の働き人を送り出してきた。私たちも神学校を支えながら、よき主の働き人になるために、神学校で学ぼうではないか。

6/23「沖縄慰霊の日」(沖縄〈命どぅ宝〉の日)祈り 沖縄から宣教を考える会 

1609年 島津氏は武力をもって琉球を侵攻しました。

1879年 明治政府は琉球を沖縄県として日本に併合しました。(日本は琉球処分と呼ぶ)

1945年 「本土」防衛・国体護持の時間稼ぎのため、沖縄を戦場にしました。「捨て石作戦」として沖縄を犠牲にしました。

1952年 沖縄を米軍施政権下に残す代わりに、「日本本土」が独立しました。沖縄を差し出しました。

1972年 戦争放棄と人権の尊重を土台とする日本国憲法に信頼し、基地がなくなることを期待して日本に復帰しました。

しかし戦後76年経っても、日本の0.6%の面積の沖縄に在日米軍専用基地の

70%以上が集中しています。日本は帰るべき祖国ではなかったとの声も聞かれます。基地が存在する故の構造的事件事故が絶えず、生存権が確保されていません。

いつ沖縄に平和憲法が適用されるのでしょうか。適用されないままに、憲法が変えられてしまうのでしょうか。

世界一危険と言われる普天間基地を返還するから、新しい基地を造って提供しなさいと、大浦湾を埋め立てて辺野古の新基地建設が強行されています。

大浦湾はジュゴンが食べる藻場が豊かに存在します。保護すべき世界で最も重要な海域として、辺野古・大浦湾一帯が日本で初めてホープスポットとして認定されました。大浦湾の埋立てに沖縄県北部の本部(もとぶ)半島の土砂が運ばれています。ここにも沖縄戦の遺骨が眠っています。島の姿が変わるほどに大地が削られ山が泣いています。沖縄防衛局が沖縄県に設計変更の申請をしています。大浦湾にマヨネーズ状の軟弱地盤が発見され7万7千本の杭を打ち込まなければなりません。また、日本全土から埋立用の土砂を運ぶ予定でしたが困難になり、すべての土砂を沖縄県内、沖縄島南部からも土砂を集め、投入する計画が立てられています。

南部は沖縄戦の激戦地で、沖縄の人・アメリカの人・韓半島の人・中国の人・アイヌの人・「本土」の人など多くの遺骨が残存しています。生きたいと望みつつ、命を奪われていった一人ひとりの遺骨を、再び戦争に用いようとするのでしょうか。死してなお戦わされ、利用されるのでしょうか。沖縄戦を体験した高齢の方々が、「戦(いくさ)は二度とならん」と座り込みの非暴力抵抗を続けています。いま、南西諸島に次々と自衛隊基地が新設され、ミサイルや弾薬が運び込まれています。沖縄を再び戦場に差し出そうとするのでしょうか。いつまで沖縄を消費し続けるのでしょうか。

 

向こう岸に渡ろう!

教会はしばしば舟に譬えられ、舟が教会を表すシンボルとして用いられてきた。それは、教会が嵐の中で揺れ動く舟に似ているからである。主が弟子たちと一緒に舟に乗り込まれた時、激しい突風が起こり、舟は沈みそうになった。弟子たちが「先生、溺れそうです」と叫んだにも関わらず、主は一人安らかに眠っておられた。その姿に弟子たちはつまずくが、主からすれば、自分を起こした弟子たちの行いに、「なぜ怖がるのか。まだ信じないのか。」マルコ4:40と不信仰を見た。弟子たちからすれば、眠っているということは、何もしてくださらないことと同じではないかと思った。もし弟子たちが嵐の中で、主の御手に委ね切ることができたら、確かな平安が与えられ、その信仰こそが舟を一歩また一歩と、前へ進ませることができたのではないか。

おそらく弟子たちは舟の中でそれぞれの持ち場を守り続けたことであろう。ある者は舟の舵を握って、何とか向こう岸に向かうように懸命に舟を操り、またある者は舟を進めるために、力一杯オールを漕いだであろう。しかし、風と荒波が行く手から押し寄せてきて舟は進みあぐねていた。その逆境の中で、ある人が言うように、「舟は揺れる。しかし、沈まない」のである。教会という舟は揺れるが、沈まないのである。それはこの舟に主が乗り込んでいてくださるからである。この主が舟に降りかかる荒波を静められたように、教会に降りかかる危機と戦ってくださるのである。

主は、「向こう岸に渡ろう」マルコ4:35と言われた。教会という舟は、主からこの御言葉を語りかけられている。主が舟に乗り込んだ弟子たちに示された向こう岸とは、ガリラヤの向こう岸にあるゲラサ人の地方であった。ユダヤ人がまだ足を踏み入れたことのない異邦人の地で、ユダヤ人からすれば神の救いの御手が決して届かないような辺境の地であった。弟子たちの伝道計画になかった地であった。しかし、主は向こう岸にあるゲラサ人の地に行き、彼らにも福音を告げよと呼びかける。

私たちにとって渡らなければならない向こう岸がある。その渡らなければならない向こう岸とは、ある方にとっては家族であり、ある方にとっては友人である。家族にも、友人にも御言葉を届けたい。しかし、私たちは、家族や友人に御言葉を届ける前から、私の夫には無理だ、あの友人には無理だと諦めてしまってはいないか。諦めの中で重い腰を下ろしていないか。しかし、主は私たちに語りかけられる。「向こう岸に渡ろう。向こう岸にも神の御言葉を届けよう。神の救いを運んで行こう。」

 

共に生きる社会の実現を目指す!

このコロナ危機の中で、生活が困窮している人も多い。国は国民に「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」憲法25条を保障しなければならないのに、休業や失業で、又、協力金の支給の遅れで、生活が苦しくなる人が続出している。この危機の中でも、国民が安心して生活を送れるように、真の「共助」「公助」が必要なのである。

「自助」という言葉をよく聞く。菅首相自身も、就任会見で「私が目指す社会像。それは自助、共助、公助、そして絆であります。まずは自分でやってみる。」と述べた。又、それに先立ち、「自分でできることは基本的には自分でやる、自分ができなくなったら家族とかあるいは地域で協力してもらう、それできなかったら必ず国が守ってくれる。そういう信頼をされる国、そうした国づくりというものを進めていきたい。」とも述べていた。

それに対して、ホームレス支援活動を行っている奥田知志先生はこう語る。

『いうまでもなく「自助」は大事だ。だが、「まずは自分で」は、必ずしも「自助」を大事にすることにはならない。まず自助、自助がダメらなら共助、共助がダメなら公助」という「助の序列化」は、一見わかりやすいが実は「空論」だ。「自助」というダムが決壊する、次に「共助」というダムで受け止める。それが決壊すると最後は「公助」というダムが機能する。生活保護が「最後のセーフティーネット」と呼ばれるのは、そういう意味である。だが、「最後のセーフティーネット」では遅いのだ。そもそも「公助」が、その前に存在する「自助」や「共助」というダムが「決壊すること」を前提に想定されていること自体が問題なのだ。「ダム決壊論」の弱点は、まさしくそこにある。本当に「自助」を尊重したいのなら、「自助」と「共助」、特に「公助」が並行的に機能しなければならない。なぜか。理由は実に単純だ。「人は独りでは生きていけない」からだ。それが人間だと私は思う。「私(自助)」が決壊する前に、「共助」、いや、なによりも「公助」が活用できること。それが、ほんとうの意味で、菅氏が言う「自助」の尊重となる。』

聖書も「共助」「公助」を神の民の使命にした。古くは出エジプト記22章で、「寄留者を虐待したり、圧迫したりしてはならない。」「寡婦や孤児はすべて苦しめてはならない。」と記し、日頃から助け合うセフティーネットを大切にした。それが新約時代にも受け継がれ、教会の大切な使命になる。今、礼拝で学んでいるテモテの手紙の中でもエフェソ教会が具体的に実践している。今、助け合う社会、助け合う教会が求められている。私たちも安心して共に生きる社会の実現を目指して歩んでいきたい。

救いの喜びを伝えよう!

主の弟子たちが聖霊の力を頂いて、主を大胆に証ししたように、私たちも証しすることが求められている。しかし、証しを頼まれた時、自分はクリスチャンとして立派な生き方をしていないから、とても証しなどできないと敬遠することはないか。しかし証しは、自分の立派な生き方を語ることではない。自分の内に、主がどんなことをしてくださったか、その救いの喜びを伝えることである。悪霊に取りつかれたゲラサ人が主に癒された時、主は「自分の家に帰りなさい。そして身内の人に、主があなたを憐れみ、あなたにしてくださったことをことごとく知らせない。」マルコ5:19と言われた。

大宮溥牧師も『教会生活の手引き 伝道』の中で次のように語る。「証しというと、何か劇的な回心の経験や、生きるか死ぬかという危機的な状況を信仰によって乗り切ったというような、特別な話のように考える人がありますが、それは間違いです。もちろん、そのような劇的な経験も、神の大きな恵みの証しになります。しかし証しをそれだけに限定してしまうと、大多数のクリスチャンは証しができなくなってしまいますし、その上、証しを聞く方でも、なるほど立派なことだけれども、自分たち凡人にはとても及ばないことだという印象をもつのではないでしょうか。証しは自分の宗教経験を発表することに目的があるのではなく、自分に与えられた神の導きと恵みを語ることです。ですから、人間としては隣人と変わらない、弱さや破れのある普通の人間であることをいつも自覚していなければなりません。そのような人間としての共感、あるいは人より劣り、欠けの多い自分であることを率直に認める態度を持つ時、隣人は親近感と共感を持つのです。そのように人間的には特に優れているわけではない我々に、慰めとなり励ましとなり、あるいは叱責として、神の働きかけが与えられます。」

なぜ、『アメージング・グレース』という賛美歌が世界中の人々に親しまれているのだろうか。それは、作詞者のジョン・ニュートンの飾らない信仰告白が記されているからである。彼は奴隷船の船長として、アフリカから奴隷をヨーロッパに輸送して莫大な富を得ていた。しかし、嵐に遭遇して生死の境をさ迷った時に、主に助けられる経験をした。その時、自分の犯してきた罪に気づき、悔い改めて主を信じるのである。そして、牧師となり、主の深い愛を人々に伝える生涯を送るのである。

『アメージング・グレース』の一節は、次のような内容である。「何と美しい響きであろうか。私のような者までも救ってくださる。道を踏み外しさまよっていた私を、神は救い上げてくださり、今まで見えなかった神の恵みを、今は見出すことができる。」

私たちの上にも聖霊が降る

「一同は聖霊に満たされ、“霊”が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話しだした。」

使徒言行録2:4。ペンテコステは、クリスマス、イースターと並ぶ「三大祭」と言われながら影が薄いのは、2千年前の出来事にしてしまっているからではないか。しかし、ペンテコステの日に弟子たちの上に降った聖霊は、今日の私たちの上にも降っている。「あなたがたの上に聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける。・・・地の果てに至るまで、わたしの証人となる。」同1:8という主の約束が実現していくのを見るのである。

ペンテコステは、「伝道の始まり」と言える。主の救いを、直接主と生活を共にした弟子たちだけの出来事に終わらせず、世界中の人々に関わる出来事として語り広める伝道の働きが、この時から始まった。その意味で、ペンテコステの日に弟子たちが「ほかの国々の言葉で話しだした」とあることは大変重要である。ウィクリフ聖書翻訳協会では、新約聖書のみの翻訳が完成した言語は、1550に迫る勢いだが、しかし世界には7千以上の言語があり、世界の5人に1人は、母語で聖書を読むことができない。聖霊の働きによって、更に多くの言語に翻訳されることを期待したい。

ペンテコステは、「バプテスマを決心し、教会に加わる時」とも言える。時々、「私のような罪深い人間は、皆さんのように立派なクリスチャンにはなれない。」「私のような不信仰な人間は、とても救われることはできない。」という声を聞くことがある。その時、福音が相手の心に届いていないと感じる。私たちは罪深く、不信仰な人間であるからこそ、主の救いが必要なのであって、自分の力で主の教えを守ることはできない。だから、ペンテコステの日のペトロの説教は、「悔い改めなさい。めいめい、イエス・キリストの名によってバプテスマを受け、罪を赦していただきなさい。」同2:38であった。

ペンテコステは、又「教会の誕生日」とも言われる。聖霊が降った弟子たちは、神の力によって結ばれ、新しい共同体となった。この時、弟子たちの集まりはただの集団ではなくなり、互いに深い絆で結ばれた共同体としての「教会」が生まれた。それは弟子たちだけの閉ざされた共同体ではなく、伝道によって絶えず新しい仲間が加えられていく、民族や文化、性別をも超えた共同体であった。「汝の敵を愛せよ」と言われた主は、「十字架によって敵意を滅ぼされました。」エフェソ2:16。報復ではなく修復のために、福音は全ての人に必要である。それ故、福音を特定の民族、特定の地域だけに留めることなく、「地の果てに至るまで」伝える使命が私たちにはある。

 

逆境にはこう考えよ!

人生には「3つの坂」があると言われる。1つ目は「上り坂」。順調に歩んでいる時で、成績が伸び、実績が上がっている時のことである。その時は「嬉しい時」である。2つ目は「下り坂」。今度は逆にうまくいかない時で、成績が落ち、実績が下降している時のことである。その時は「悲しい時」である。3つ目は「まさか(坂)」。人生には「まさかこんなことが起きるなんて‥」という時がある。突然の事故で身内を失ったり、信じていた人に裏切られたり、良かれと思ってしたことが、かえって悪い結果を生んだりした時のことである。その時は大変「辛い時」である。この「まさか」は急に出現し、予測不可能である。その時、私たちは奈落の底に突き落とされる。

この3つの坂は、私たちが人生を歩んでいる限り、必ずといっていいほど出合う。「下り坂」や「まさか」だけは、避けて通りたいと願っても、自分の都合でどうにでもなるものではない。私たちは、この「下り坂」や「まさか」も引き受けながら生きていかなければならない。私たちは「上り坂」の時、自分の力を過信し、うぬぼれてしまってはいないだろうか。「下り坂」や「まさか」の時、「自分なんてどうせだめだ」と投げやりになり、「神も仏もあるものか」と怒りの矛先を神に向けてはいないだろうか。しかし、コヘレト書には、順境には楽しめ、逆境にはこう考えよ。人が未来について無知であるようにと、神はこの両者を併せ造られた、と。」7:14記されている。

アウシュビッツ収容所の経験を書いた『夜と霧』の著者ビクトリア・フランクルは、「それでも人生にイエスと言う。」「それでも人生にイエスと言う。」と記す。前者の意味は、「たとえどれほど逆境に追い込まれたとしても、私はその逆境を引き受けて生き抜こう。」それに対して後者の意味は、「たとえどれほど逆境に追い込まれたとしても、人生は私を決して見捨てない。」そして、「これらの両者が不可欠である。どんな運命に見舞われようとも、人生には無条件に意味がある。」とフランクルは言う。

私たちの人生はかけがえがなく、一度限りである。その人生を、主は「わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる。」マタイ28:20と約束してくださっている。だから「わたしたちは、四方から苦しめられても行き詰らず、途方に暮れても失望せず、虐げられても見捨てられず、打ち倒されても滅ぼされない。」Ⅱコリント4:9とのパウロの言葉に共感できるのではないか。主により頼みながら、「3つの坂」を引き受けて生きていきたい。そして「人生には無条件に意味がある。」ことに気づきたいものである。