Month: 5月 2022

Home / 2022 / 5月

「聖霊」って何だろうか?

来週「ペンテコステ」を迎えるが、聖霊降臨の不思議な出来事(使徒言行録2章)を読んでもよくわからないところから、「ヘンテコステ」と思う人もいるのではないか。そこで「聖霊」について、理解を深めたいと思う。まず、「ペンテコステ」とは、ギリシア語で「50」を指す。主の復活から50日目に、主の弟子たちの上に天から聖霊が降り、教会が誕生したことから、その日を「ペンテコステ(聖霊降臨日)」という。なぜ、ペンテコステに「赤」を教会の色としたかというと、赤は聖霊の炎と、聖霊を受け世界に福音を宣べ伝えた弟子たちを象徴する色だからである。

旧約聖書には、「霊」という言葉はたくさん出てくるが、「聖霊」という言葉は出てこない。父なる神が土から人間を形づくられたあと、その鼻から吹き込まれたものが「命の息」(霊)である。それによって人は生きる者となった。(創世記2:7)。新約聖書には、「霊」も「聖霊」もたくさん出てくる。この「霊」という言葉は、「風」や「息」と同じ言葉である。風も息も、目に見ることはできない。しかし確かにそこに存在し、働くものである。霊もこれと同じように考えることができる。目には見えないが、私たちと共に歩んでくださる神として、私たちに働きかけてくださる。

「聖霊」は、神の働きかけと見るだけでは、聖霊の本質を見失う。教会では「三位一体の神」を信じている。父なる神、子なる神(イエス・キリスト)、聖霊なる神、の三者で、別々の神ではなく、本質的には同一の神であり、それぞれの現象として異なっているにすぎない。丁度、H2Oが、水蒸気となり、水となり、氷となるように。ただ聖霊なる神は、三者の中でも、一番実体として捉えにくい神ではないか。

それでは聖霊なる神は、どのように働きかけてくださるのか。「父は別の弁護者を遣わして、永遠にあなたがたと一緒にいるようにしてくださる。この方は、真理の霊である。」ヨハネ14:16-17。「弁護者」とは「助け主」「慰め主」とも訳せる聖霊なる神のことである。「弁護者、すなわち、父がわたしの名によってお遣わしになる聖霊が、あなたがたにすべてのことを教え、わたしが話したことをことごとく思い起こさせてくださる。」同14:26。私たちが主の救いを理解し、主を信じたいと思うとき、実はそれは聖霊の働きによることだと主は言われる。「聖霊によらなければ、だれも「イエスは主である」とは言えないのです。」Ⅰコリント12:3。私たちが主を信じることができるのは、まさに聖霊の働きである。聖霊なる神が、一人一人の心に働いてくださることを期待したい。

誰ひとり取り残さないために

最近、SDGs(エスディージーズ)という言葉をよく聞く。それは「Sustainable Development Goals」の略で、「持続可能な開発目標」という意味である。世界は今、環境問題(気候変動)・貧困・紛争・人権問題・感染症等、多くの課題に直面している。このままでは安定した暮らしを続けることが困難になってきたので、2015年の国連総会において、これらの課題を、2030年までに達成するために、17の目標を掲げた。

①貧困をなくそう、②飢餓をゼロに、③すべての人に健康と福祉を、④質の高い教育をみんなに、⑤ジェンダー平等を実現しよう、⑥安全な水とトイレを世界中に、⑦エネルギーをみんなに そしてクリーンに、⑧働き甲斐も経済成長も、⑨産業と技術革新の基盤をつくろう、⑩人や国の不平等をなくそう、⑪住み続けられる町づくりを、⑫つくる責任、つかう責任、⑬気候変動に具体的な対策を、⑭海の豊かさを守ろう、⑮陸の豊かさを守ろう、⑯平和と公正をすべての人に、⑰パートナーシップで目標を達成しよう。このSDGsの理念と合言葉が、「誰ひとり取り残さない」(No one will be left behind)という言葉である。

「誰ひとり取り残さない」この言葉を聞いた時、私は「迷える羊」の話を思い出した。はっきり言っておくが、もし、それを見つけたら、迷わずにいた九十九匹より、その一匹のことを喜ぶだろう。そのように、これらの小さな者が一人でも滅びることは、あなたがたの天の父の御心ではない。」マタイ18:13-14。ここで「迷える羊」は、「小さな者」と呼ばれ、社会の中で軽んじられがちな弱い立場の人たちを指し、彼らを探し、寄り添い、誰ひとり取り残さない愛の行動が、命の源である天の父の御心であると説かれている。神がそのように、一人ひとりの命を決して軽んじられないのである。

「誰ひとり取り残さない」この言葉に、神の国の価値観が反映されている。「あなたがたの天の父の子となるためである。父は悪人にも善人にも太陽を昇らせ、正しい者にも正しくない者にも雨を降らせてくださるからである。」マタイ5:45。すべての人に神の恵みは注がれている。誰ひとり、神の恵みから漏れる人があってはならない。教会もこの17の目標の一つでも多くを実現するために、努力を重ねることが求められている。しかし、教会は後れを取ってはいないか。福音宣教と社会問題への取り組みはコインの表裏のようなものである。人々の悩みを教会の悩みとして受け止め、共に人々と手を取り合いながら、神の国の価値観が反映される社会を築いていきたい。

「正義を洪水のように 恵みの業を大河のように 尽きることなく流れさせよ。」アモス5:24

命(ぬち)どぅ宝 絶対に戦争してはいけない

5月15日は、沖縄の施政権が米国から日本に返還されて50年になるが、そのことが、沖縄の人々に本当によい結果をもたらしていないと感じる。それは、沖縄の人々が望んでいた内容とは違い、現在も多くの基地が残され(日本にある米軍基地の70%が沖縄に集中し、沖縄本島では総面積の15%を占める)、日常的に米軍基地による環境汚染や騒音、米兵による事件、事故などの被害が後を絶たないからである。沖縄の人々は、日本国憲法で保障される基本的人権や平和的生存権が適用されていないと嘆く。戦時中は、本土防衛のために沖縄は捨て石にされ、今も県民の反対を押し切って辺野古新基地建設が進められ、南西諸島に自衛隊のミサイル基地が配備されていることに、再び沖縄が捨て石にされるのではないかと、大きな不安や憤りを感じている。沖縄では、「日本」復帰ではなく、独立論を唱える人もいる。

かつて沖縄県は、琉球王国と呼ばれた。1429年、尚(しょう)巴(は)志(し)という人物が、首里城を中心とし、中国や日本、アジアの国々と交易し、武器を持たない平和な島として栄えた。しかし、1609年、薩摩藩が兵を琉球に送り込み、270年間、薩摩の支配下に置いた。さらに明治政府は、1872年に琉球藩を設置し、1879年に琉球藩を廃して沖縄県を設置した。いわゆる「琉球処分」と言われるもので、これにより、琉球王国の約450年にわたる歴史は幕を閉じた。侵略の経験を歴史に持つ沖縄の人々にとって、今のウクライナの人々の苦しみを肌で感じるとのことである。

県民の4人に1人を沖縄戦で失うという悲しみを経験しているが故に、「命(ぬち)どぅ宝、絶対に戦争してはいけない」と言って、新基地反対のために毎日座り込んでいる、おばあ、おじいの姿に心を打たれる。そして「沖縄の基地問題は、日本の問題ですよ」と問いかけられる。沖縄の痛みを、自分の痛みにしているのかと問われると申し訳ない気持ちでいっぱいになる。私は今まで沖縄に多少なりとも関わってきたつもりでいた。日本に返還されて3年後(47年前)、沖縄に伝道隊として行った。20年前には、那覇新都心教会の会堂建築のために、何度となく足を運んだ。それ以後も教会組織や上尾教会・瑞穂教会合同伝道隊でも行った。しかし、沖縄の痛みには鈍感であった。そんな折、「沖縄から宣教を考える会」の世話人となり、毎月、沖縄の情報を得ることができ、「命(ぬち)どぅ宝、絶対に戦争してはいけない」という非暴力運動に生きる沖縄の人々と共に声を上げていきたいと、強く示されるようになった。

 

母の日に想う

室蘭にいた頃、母の日にはよく訪れた駅がある。それは「母恋駅」。そこで母の日の記念切符を買うのが楽しみであった。いつもより長い記念切符の表にはカーネーションが描かれ、裏にはサトウハチローの詩「この世の中で一番」が書かれていた。

この世の中で一番 美しい名前 それはおかあさん
この世の中で一番 やさしい心 それはおかあさん
おかあさん おかあさん 悲しく愉しく また悲しく
何度もくりかえす ああ おかあさん

お母さんっていいですね。こんなに慕われて。若い頃読んだ「きけわだつみの声」には、学徒動員し戦場へと出征する若者の辞世の手紙も、「お母さん、お母さん」と綴っていた。その点、父親は悲しい。父親が「元気でやっているか?」と聞いても、「うん」としか応えない子どもが、お母さんとなら、何時間も会話が弾むことが多い。

今、一番会いたい人は?と問われれば、幾つになっても、お母さんと答えるのではないか。星野富弘さんの詩に、「神様がたった一度だけ、この腕を動かしてくださるとしたら、母の肩をたたかせてもらおう、風に揺れるペンペン草の実を見ていたら、そんな日が本当に来るような気がした」とあった。この詩は、自分を無にして尽くしてくれた母への感謝の気持ちを描く。お母さんは富弘さんの看病を、ベッドと窓の間の一畳にも満たない狭い所で寝起きしながら何年も続けた。今まで自由に動かすことのできていた腕が急に全く動かなくなってしまい、その腕を神様が一度だけ動かしてくださるとしたら何をするか。その一度のチャンスを自分のことに使うのではなく、自分のことを真剣に看病してくれた母の肩を叩いて労をねぎらいたいと願うのである。

私たちは、何度でも母の肩を叩くことができるのではないか。母の肩を叩くとは、感謝と共に、母の思いを大切にするということでもある。私たちの人生は、親から、特に母親から大きな影響を受けている。親子を見ると、「そっくりだなぁ」と思うことがある。そう言われて嬉しくない面もあるが、感謝な面もある。私たちは多くのものを、世代を超えて受け取っている。テモテの「純真な信仰」Ⅱテモテ1:5も自ら獲得したものではない。祖母と母に宿ったものだった。母としての愛情と共に、神から与えられた信仰を子どもに遺していくことができたら、どれほど幸いであろうか。

子どもたちと一緒に礼拝を献げる恵みと喜び

上尾教会のミッションステートメントに、「わたしたちは、神の栄光をたたえて、こどももおとなも一緒に礼拝を献げます。」と掲げた。それは子どもが礼拝にただ出席するということではなく、子どもも賜物を用いて礼拝に参与することである。礼拝に参与することによって、子どもたちの信仰が養われてきた。OHP係を担ってきた子どもが、「もし、この奉仕がなければ、礼拝に行かなくなったかもしれない。」と言った言葉を思い出す。子どもなりに、自分が礼拝の一部分を担っているという自覚が信仰生活を支えている。今日の礼拝での奉仕は、子どもたちの信仰に大いに役立つだろう。

「見よ、兄弟が共に座っている。なんという恵み、なんという喜び。」詩編133:1。この詩編は、「都に上る歌」とあるので、礼拝者の心境を歌ったものである。「見よ、子どもたちが共に礼拝を献げている。なんという恵み、なんという喜び。」と読み替えることもできる。子どもたちと一緒に礼拝を献げることによって、他では経験することができない恵みと喜びを経験することができる。その恵みと喜びを、ここで紹介したい。

まず、子どもの成長を祈り、見ることができる。献児式に始まって、子ども祝福式、成人祝福式、そして様々な証しを通して、成長している姿に深い感動を覚え、成長させてくださった主に感謝を捧げる。又、主の御前で、和解の福音に共に与る時、赦し合う者へと変えられる。子どもにとって、親は煙たい存在かもしれない。自分のことをわかってくれない親に、失望するかもしれない。些細なことで親子喧嘩が起こり、放蕩息子のように家出したくなるかもしれない。しかし、礼拝を一緒に献げる中で、こんな罪深い私たちのためにも主が十字架にかかって全ての罪を赦してくださったことを知り、相手を責める心ではなく、赦す心が生まれてくる。

そして、子どもたちと一緒に礼拝を献げる恵みと喜びは、家庭の中にも賛美や祈りとなって満ち溢れていくことを経験できる。家族で食卓を囲むことが楽しいように、家族で御言葉を聴くことが楽しいひと時になったら素晴らしい。「親子聖書日課」で信仰が養われていくうちに、朽ちる食べ物のためではなく、いつまでもなくならないで、永遠の命に至る食べ物のために働きなさい。」ヨハネ6:27という主の言葉に応答して生きる生き方へ導かれるだろう。子どもたちは御言葉を吸い取り紙のように吸収していくので、幼い頃から、子どもたちと一緒に礼拝を献げる恵みと喜びを見出していきたい。主を喜び祝うことこそ、あなたたちの力の源である。」ネヘミヤ8:10