Month: 10月 2021

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叫びを幻の内に見よう!

大宮教会の50周年記念式典で宣教団の大上先生が、「教会は高齢でも生むのが困難なことはありませんから、是非、これからも新たな教会を生み出してください」と言われた言葉を思い出す。井置利男先生からも、「上尾教会を生み出したので、次は、上尾教会が新しい教会を生み出してください」と言われた言葉を思い出す。しかし、新たな教会を生み出すには、教会に体力も気力も必要だし、計画性も大事である。

しかし、何よりも大事にしたいことは、幻に導かれることである。パウロはマケドニア人の叫び、「マケドニア州に渡って来て、わしたちを助けてください。」使徒言行録16:9を幻の内に見た。パウロはアジア州に留まって伝道する考えだったので、マケドニア(ヨーロッパ)に渡る予定はなかった。伝道は、熟慮して進めるべきものだが、忘れてはならないことがある。伝道を導くのは聖霊である。そして聖霊の導きの下に、人との出会いがある。聖霊は、幻の内にマケドニア人との出会いへとパウロを導いた。このマケドニア人の叫びを聞き流すことは出来たかもしれない。事実、世の中には助けを必要としている人々の叫びが無数にある。それで私たちは他人事として聞き流すことが多い。でもこの幻は聞き流せなかった。それはマケドニア人の叫びが、他人事ではなく自分の人生に無視しえないものとなったからである。

パウロが最初一人で見た幻が、伝道を一緒にする「私たちの幻」として確信された。「マケドニア人に福音を告げ知らせるために、神が私たちを召されているのだと、確信するに至ったからである。」使徒言行録16:10。そして、幻を見たパウロだけではなく、私たちもすぐにマケドニアへ向けて出発した。どんなに必要に迫られた幻であったとしても、パウロ一人が確信し、行動したのではなかった。伝道する仲間と、幻を共有するという作業こそ、教会に欠かせない。幻を共有する人がいれば、初代の人がいなくなっても、その働きは続けられるだろう。

壮大なヨーロッパ伝道を夢見ることが先にあったのではなく、あくまでもこのマケドニア人との出会いに突き動かされての展開であった。そして、マケドニアの都市フィリピでリディアという女性が救われ、家族も救われ、家の教会が誕生した。私たちも「わたしの町に来て、福音を伝えるために助けてください」と叫ぶ人と出会い、その幻を教会の祈りの中で、共有していきたい。すでに、毎週の祈祷会で、「開拓伝道」のために祈りが捧げられているので、幻の内に出会いを期待したい。

上尾教会を成長させてくださる神

50年前、上尾の地に一粒の福音の種が蒔かれた。それはとても小さな種であったので、成長していくことができるのか、戸惑うこともあった。しかし、その種には命があったので、芽を吹きだして、花を咲かせ、豊かな実を結ぶ木として成長していった。それが上尾教会である。上尾教会は、大原つゆ子さんがよく言われるように、「人なし、土地なし、お金なしの開拓伝道でしたが、共におられる神様が大いなる御業を成し遂げてくださいました。」と、神が成長させてくださったのである。

「わたしは植え、アポロは水を注いだ。しかし、成長させてくださったのは神です。ですから、大切なのは、植える者でも水を注ぐ者でもなく、成長させてくださる神です。」Ⅰコリント3:6-7。開拓50周年を迎えて、このパウロの言葉を改めて心に刻む。植えた人、水を注いだ人は、時代と共に代わっていく。しかし、変わらない神がおられ、人間の足りない部分を補って、成長させてくださる。私たちの信仰の熱心さや努力で教会が成長するのではない。あくまでも「成長させてくださる神」に委ねることを大切にしたい。

今、教会の花壇から種がこぼれ落ちて、歩道の隙間にペチュニアが花を咲かせている。花壇に咲いている花よりも、厳しい場所に咲くこの花の方が丈夫なのを見て、私は「ど根性ペチュニア」と呼ぶ。この「ど根性ペチュニア」のように、上尾教会では、一人ひとりが「聖書日課」で信仰が養われることによって、「ど根性信仰」が育ってきたのではないだろうか。御言葉に聴従して生きていけば、どのような試練が襲ってきたとしても、自分の置かれた場所で花を咲かせることができるだろう。

上尾教会は、三井住宅前に会堂が建って、今月で22年目を迎え、教会の宣教も大きく変わってきた。「泉のほとり」や東日本大震災以降の防災会議や三井会館の建て替え中の活動場所に上尾教会が用いられることによって、地域の方々が遠慮せずに教会に入って来られるようになった。「言葉による伝道」から、「地域に仕え、隣人と共に生きる教会」へとパラダイムシフトがなされてきた。「たいせつな命」の缶バッチが上尾教会から生まれたように、誰の命も人権も大切にしていきたい。

「わたしたちは神のために力を合わせて働く者であり、あなたがたは神の畑、神の建物なのです。」Ⅰコリント3:9。私たちは、これからも主のみ心を求めて、その実現のために祈りと力を合わせていきたい。そして、神の畑、神の宮として、豊かな実を結び、神の栄光を現していきたい。主に喜ばれる上尾教会として、成長していきたい。

 主と共に歩む          教会員

上尾教会の今年度の主題は「主と共に歩む」、皆さんはどんな時それを意識するでしょうか。「常に安心して眠れるのも、立って歩けるのだって、神様が伴ってくださるから」そうおっしゃる皆さんの声が聞こえるようです。しかし私はと言うと、そうでもありません。一日の始まりや出かける時、奉仕の前などには、神の助け、守りを求めて祈り、実際そうした後には、神の助けの手もあったと恵みを数え、感謝が溢れるのですが、それは一瞬。忘れている時間の方が大半で、気がつけば恥ずかしいばかりです。日常の営みになると、すっかり自分でやっているつもりです。

けれども昨今、外出するでもなく、奉仕に出るわけでもないのに、家の中で、いつも何度でも、主の名を呼びます。大きな変化が起きたのです。一ヶ月前、教会の近くの小敷谷に引っ越して来ました。牧師ご夫妻が訪問してくださり、「ザアカイ、急いで降りて来なさい。今日は、ぜひあなたの家に泊まりたい。」ルカ19:5というイエス様の御言葉を読んで、お祈りしてくださいました。ここは、いろいろ悪い事をしていたザアカイが、彼の名前もすでにご存じだったイエス様に、すべてを明け渡し、悔い改めて、喜びに溢れ、自分の家にお迎えしたのだ、と思いました。

「右も、左もわからない」それは本来の意味という次元ではありません。私にとっては物理的にも、実際そういう状態なのです。「神様、一緒に歩いて、導いてくださると信じます。ゴミを捨てに行きます。集積所の網を発見できますように、ここに戻って来れますように」そして、なんとか戻って来て鍵を出し、果たして自分の家か、どうでしょう。ずぼずぼっと鍵は入って行きました。「神様、ありがとうございます」そんな独り言をいう人だと、誰かに思われているかもしれません。

またコロナで束縛感を覚える中、日々の歩みを主に委ねて、恵み、祝福を豊かに頂いているのを実感することが他にもあります。それは毎月の第一礼拝は、私が奏楽を担当しています。また娘や孫も頻繁に主の御用があって、皆さんが祈ってくださる事。私たち家族も祈り合い、誰かの奉仕の妨げにならないよう、前日から娘の家に宿泊して皆で来る時、それは感謝です。今しばらく、主の守りを信じ、しかしながら私たちも怠惰があってはなりません。主日は引き続き気を引き締めて、リバウンド防止を心がけ、霊と真とをもって礼拝し、第一週は皆さんにご理解とご協力、そして若干のご辛抱を頂きますが、一緒に心からの賛美を捧げてまいりましょう。

良き隣人に出会う旅

休暇を利用して、旧知の方々を訪問した。能登では、学生時代一緒にキリスト教研究会で活動した同窓生宅を訪問。しかし、ご自宅に着くや喪中の張り紙に驚く。恐る恐る中に入って聞くと、1週間前に父親がご逝去されたとの事。悲しみの中にある友人であったが、私たち夫婦の来訪を喜んでくれて、ゆっくりと語り合うことができた。彼にとっては、慰めの時になったのではないかと思う。

次に、金沢教会を訪ね、昨年赴任したばかりの杉山望牧師と可南子さんと再会。きたかんの青年会で活躍してくれた二人が、主に大きく用いられている姿を見ることができ、感無量である。金沢は神社仏閣の盛んな町であるだけに、伝道は難しいとのことだが、金沢教会は幼稚園を運営して幼児教育に力を入れ、数年前に木造の素敵な会堂を建て、ゲストルームはシェルターとして用いられることを願っていた。

その次に、福井教会を訪ね、昨年赴任されたばかりの平良憲誠牧師と民枝さんと再会。福井教会は一昨年まで、高齢の信徒が一人だけで礼拝を捧げていたので、今は教会の再建を目指す。会堂はシロアリに喰われ、修復が難しいので、取り壊し、今は、牧師館で礼拝を捧げる。その様な厳しい中で、民枝さんは「だれでも食堂/夕焼けこやけ」を開設して子どもたちに食事を提供していた。連盟の地域協働プロジェクトに応募して、支援を頂いて会堂を建て、原発について学ぶ研修所も兼ねたいというビジョンを抱く。「福井祷援会」も発足したので、応援していきたいと思う。

礼拝は、秋山義也牧師の牧会する瑞穂教会に出席する。礼拝前の分級では、コーヒーを飲みながら、御言葉を分かち合い、各自の近況報告の時を持つ。そして召天者記念礼拝であったので、お名前が読み上げられた。主の晩餐式はすでに行っていたが、各自、手消毒してからパンを受け取る。瑞穂教会も屋根・外壁補修、エレベーター修理に500万円以上がかかるとのことで、献金のアピールがなされていた。50年前、私が学内で伝道して主に導かれた友人(学校の教員)と瑞穂教会で再会し、義也と愛さんが子育てのことで良い助言を頂く機会になった。

最後は、浜松真愛教会を訪ね、牧師の配偶者である杉山美代子さんと再会。純子さんの大学時代の先輩であり、私と一緒にキャンパスクルセードで働いた同労者である。50年前と変わらない伝道の情熱に心打たれる。私たち夫婦にとって、この休暇は、「良き隣人に出会う旅」となった。新たな力に与ることができ、感謝である。

 

共に祈り合うことの大切さ

最近、祈祷会に子ども達も参加している。子ども達が、共に祈り合うことは、神の御業を体験する大きな機会となる。主が「どんな願い事であれ、あなたがたのうち二人が地上で心を一つにして求めるなら、わたしの天の父はそれをかなえてくださる。」マタイ18:19と言われたように、祈祷会では、神のみ心がかなえられることを実感できる。この祈祷会の歴史は古く、ペンテコステ以前から「彼らは皆…心を合わせて熱心に祈

っていた。」使徒言行録 1:14、又、日本で最初のプロテスタント教会は、1872 年、

宣教開始当初から祈祷会を始めた。伝道には、執り成しの祈りが欠かせない。「祈りの家」としての教会は、いつの時代も、礼拝と共に祈祷会を大切にしてきた。

山下萬里先生は『死と生』の著書で、祈祷会の大切さを下記のように語っていた。

「“祈りの集い“が始まったのは、1988年4月24日のことでした。それにはこんな理由があります。そのひと月前でしたか、ひとりの若い女性が初めて礼拝に来られました。他の教会ですでに洗礼を受けられ、結婚して所沢に移って来られたのです。例によって、礼拝後のお茶の会にも残られ、いろいろ話しました。ところが、3回ほど礼拝に参加された後、しばらくして、思いがけなくこの方の訃報を聞くことになりました。自殺をされたのです。ご家族も思い当たることは何もないと言われます。このことは私たちにとってショックでした。たったの3回だったとしても、共に礼拝した方でしたから、心の中にどんな悩みを抱えておられたのか、なぜ察してあげることができなかったのか、どうしたら良いのだろうか。途方に暮れる中で、一人の兄弟が、”祈ることから始めよう“と言ったのがきっかけでした。

私たちはこのような時、“話してくれれば良いのに”というのですが、人の心はもっともっと複雑で深いものです。人はむしろ、悩みが深ければ深いほど、沈黙するのです。私たちは“祈りの集い”を開き、一緒に、しかし一人ひとりが定められた御言葉を読み、いや、御言葉を聴き、与えられたところを分かち合い、祈り合うことにしました。御言葉は、自分が置かれている状況の中に響いてきます。それを一人ひとりが聴きます。御言葉は私たちに、慰めを与え、喜びを満たし、あるいは励まし、教え、戒めます。そして与えられたところを分かち合う時、私たちは今度は、他の兄弟姉妹の言葉に耳に傾けることとなります。その中に兄弟姉妹の悩み、願い、慰め、喜びの示しを受け取ります。そして祈り合いに導かれます。御言葉において、神と主イエスの真実を信じ、祈り合いにおいて、私のために祈ってくださる人の真実を信じることができます。」