Month: 6月 2021

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神学校を支え、神学校で学ぼう!

私は先月より東京バプテスト神学校で「信徒のための伝道学」をオンラインで受け持った。かつては教室のある茗荷谷教会に通える学生だけであったが、数年前よりオンラインも併用し、昨年からはコロナ禍もあって、ほぼオンラインだけの授業となった。オンライン授業の良さは、神学を学びたい人は、どこからでも出席できることである。遠くは札幌や青森からも出席してくださっている。7名の受講生の内、4名はライブ授業、あとの3名はビデオ受講である。ライブ受講生とはその場で質疑応答ができ、ビデオ受講生もレポートを通して、意見交換ができる。受講生の方々の、伝道に対しての熱き思いや取り組みやを伺って、こちらが励まされている。

家庭で、教会で、神学校の授業が学べるとは、なんという恵みではないか。上尾教会でも、聖書を学びたい、教会音楽を学びたいと思った信徒が、家庭で、教会で、ライブ授業で学んでいる。それが無理な時は、あとでビデオで学んでいる。そして、今まで気づかなかったことを教えられ、聖書の読み方や賛美の仕方や奉仕に大変役立っている。神学校に行く時代から、神学校が教会に来る時代になったと言える。

今、どこの神学校でも、牧師としての献身を志す人々、特に青年の数が減少してきている。西南学院大学神学部でも昨年まで2年間新入生はゼロで、今年やっと2名の新入生が与えられた。諸教会が若い献身者を生み出す力を失ってきている。さらに教会が牧師を招く力を失ってきていることも実感する。連盟の諸教会は、経常費500万円以下の教会は半数に上り、牧師をフルサポートできる教会は多くはない。仕事を辞めて献身しても、生活のために兼職を余儀なくされる現状がある。ですから、牧師という仕事に魅力を感じる若者が少ないのは、不思議なことではない。

「バプテスト主義の原則から言えば、牧師がしなければならない仕事とか、信徒がしてはいけない仕事はないのです。言い換えれば、伝道も牧会も教会全体に与えられた働きであって、様々な人々が担えるならば、教会の仕事はもっと豊かに拡がる可能性を持っているのです。」連盟『活力ある教会づくり』。献身は、牧師として召される人だけではなく、全ての信徒に求められている。今日、教会に仕える信徒がいつでもどこでも学べる神学校こそ、求められているのではないか。東京バプテスト神学校は、信徒としての働き人を養成し、連盟の諸教会によき主の働き人を送り出してきた。私たちも神学校を支えながら、よき主の働き人になるために、神学校で学ぼうではないか。

6/23「沖縄慰霊の日」(沖縄〈命どぅ宝〉の日)祈り 沖縄から宣教を考える会 

1609年 島津氏は武力をもって琉球を侵攻しました。

1879年 明治政府は琉球を沖縄県として日本に併合しました。(日本は琉球処分と呼ぶ)

1945年 「本土」防衛・国体護持の時間稼ぎのため、沖縄を戦場にしました。「捨て石作戦」として沖縄を犠牲にしました。

1952年 沖縄を米軍施政権下に残す代わりに、「日本本土」が独立しました。沖縄を差し出しました。

1972年 戦争放棄と人権の尊重を土台とする日本国憲法に信頼し、基地がなくなることを期待して日本に復帰しました。

しかし戦後76年経っても、日本の0.6%の面積の沖縄に在日米軍専用基地の

70%以上が集中しています。日本は帰るべき祖国ではなかったとの声も聞かれます。基地が存在する故の構造的事件事故が絶えず、生存権が確保されていません。

いつ沖縄に平和憲法が適用されるのでしょうか。適用されないままに、憲法が変えられてしまうのでしょうか。

世界一危険と言われる普天間基地を返還するから、新しい基地を造って提供しなさいと、大浦湾を埋め立てて辺野古の新基地建設が強行されています。

大浦湾はジュゴンが食べる藻場が豊かに存在します。保護すべき世界で最も重要な海域として、辺野古・大浦湾一帯が日本で初めてホープスポットとして認定されました。大浦湾の埋立てに沖縄県北部の本部(もとぶ)半島の土砂が運ばれています。ここにも沖縄戦の遺骨が眠っています。島の姿が変わるほどに大地が削られ山が泣いています。沖縄防衛局が沖縄県に設計変更の申請をしています。大浦湾にマヨネーズ状の軟弱地盤が発見され7万7千本の杭を打ち込まなければなりません。また、日本全土から埋立用の土砂を運ぶ予定でしたが困難になり、すべての土砂を沖縄県内、沖縄島南部からも土砂を集め、投入する計画が立てられています。

南部は沖縄戦の激戦地で、沖縄の人・アメリカの人・韓半島の人・中国の人・アイヌの人・「本土」の人など多くの遺骨が残存しています。生きたいと望みつつ、命を奪われていった一人ひとりの遺骨を、再び戦争に用いようとするのでしょうか。死してなお戦わされ、利用されるのでしょうか。沖縄戦を体験した高齢の方々が、「戦(いくさ)は二度とならん」と座り込みの非暴力抵抗を続けています。いま、南西諸島に次々と自衛隊基地が新設され、ミサイルや弾薬が運び込まれています。沖縄を再び戦場に差し出そうとするのでしょうか。いつまで沖縄を消費し続けるのでしょうか。

 

向こう岸に渡ろう!

教会はしばしば舟に譬えられ、舟が教会を表すシンボルとして用いられてきた。それは、教会が嵐の中で揺れ動く舟に似ているからである。主が弟子たちと一緒に舟に乗り込まれた時、激しい突風が起こり、舟は沈みそうになった。弟子たちが「先生、溺れそうです」と叫んだにも関わらず、主は一人安らかに眠っておられた。その姿に弟子たちはつまずくが、主からすれば、自分を起こした弟子たちの行いに、「なぜ怖がるのか。まだ信じないのか。」マルコ4:40と不信仰を見た。弟子たちからすれば、眠っているということは、何もしてくださらないことと同じではないかと思った。もし弟子たちが嵐の中で、主の御手に委ね切ることができたら、確かな平安が与えられ、その信仰こそが舟を一歩また一歩と、前へ進ませることができたのではないか。

おそらく弟子たちは舟の中でそれぞれの持ち場を守り続けたことであろう。ある者は舟の舵を握って、何とか向こう岸に向かうように懸命に舟を操り、またある者は舟を進めるために、力一杯オールを漕いだであろう。しかし、風と荒波が行く手から押し寄せてきて舟は進みあぐねていた。その逆境の中で、ある人が言うように、「舟は揺れる。しかし、沈まない」のである。教会という舟は揺れるが、沈まないのである。それはこの舟に主が乗り込んでいてくださるからである。この主が舟に降りかかる荒波を静められたように、教会に降りかかる危機と戦ってくださるのである。

主は、「向こう岸に渡ろう」マルコ4:35と言われた。教会という舟は、主からこの御言葉を語りかけられている。主が舟に乗り込んだ弟子たちに示された向こう岸とは、ガリラヤの向こう岸にあるゲラサ人の地方であった。ユダヤ人がまだ足を踏み入れたことのない異邦人の地で、ユダヤ人からすれば神の救いの御手が決して届かないような辺境の地であった。弟子たちの伝道計画になかった地であった。しかし、主は向こう岸にあるゲラサ人の地に行き、彼らにも福音を告げよと呼びかける。

私たちにとって渡らなければならない向こう岸がある。その渡らなければならない向こう岸とは、ある方にとっては家族であり、ある方にとっては友人である。家族にも、友人にも御言葉を届けたい。しかし、私たちは、家族や友人に御言葉を届ける前から、私の夫には無理だ、あの友人には無理だと諦めてしまってはいないか。諦めの中で重い腰を下ろしていないか。しかし、主は私たちに語りかけられる。「向こう岸に渡ろう。向こう岸にも神の御言葉を届けよう。神の救いを運んで行こう。」

 

共に生きる社会の実現を目指す!

このコロナ危機の中で、生活が困窮している人も多い。国は国民に「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」憲法25条を保障しなければならないのに、休業や失業で、又、協力金の支給の遅れで、生活が苦しくなる人が続出している。この危機の中でも、国民が安心して生活を送れるように、真の「共助」「公助」が必要なのである。

「自助」という言葉をよく聞く。菅首相自身も、就任会見で「私が目指す社会像。それは自助、共助、公助、そして絆であります。まずは自分でやってみる。」と述べた。又、それに先立ち、「自分でできることは基本的には自分でやる、自分ができなくなったら家族とかあるいは地域で協力してもらう、それできなかったら必ず国が守ってくれる。そういう信頼をされる国、そうした国づくりというものを進めていきたい。」とも述べていた。

それに対して、ホームレス支援活動を行っている奥田知志先生はこう語る。

『いうまでもなく「自助」は大事だ。だが、「まずは自分で」は、必ずしも「自助」を大事にすることにはならない。まず自助、自助がダメらなら共助、共助がダメなら公助」という「助の序列化」は、一見わかりやすいが実は「空論」だ。「自助」というダムが決壊する、次に「共助」というダムで受け止める。それが決壊すると最後は「公助」というダムが機能する。生活保護が「最後のセーフティーネット」と呼ばれるのは、そういう意味である。だが、「最後のセーフティーネット」では遅いのだ。そもそも「公助」が、その前に存在する「自助」や「共助」というダムが「決壊すること」を前提に想定されていること自体が問題なのだ。「ダム決壊論」の弱点は、まさしくそこにある。本当に「自助」を尊重したいのなら、「自助」と「共助」、特に「公助」が並行的に機能しなければならない。なぜか。理由は実に単純だ。「人は独りでは生きていけない」からだ。それが人間だと私は思う。「私(自助)」が決壊する前に、「共助」、いや、なによりも「公助」が活用できること。それが、ほんとうの意味で、菅氏が言う「自助」の尊重となる。』

聖書も「共助」「公助」を神の民の使命にした。古くは出エジプト記22章で、「寄留者を虐待したり、圧迫したりしてはならない。」「寡婦や孤児はすべて苦しめてはならない。」と記し、日頃から助け合うセフティーネットを大切にした。それが新約時代にも受け継がれ、教会の大切な使命になる。今、礼拝で学んでいるテモテの手紙の中でもエフェソ教会が具体的に実践している。今、助け合う社会、助け合う教会が求められている。私たちも安心して共に生きる社会の実現を目指して歩んでいきたい。