Month: 1月 2021

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信仰の習慣を大切に!

先週の祈祷会は、「ダニエル書6章」を学んだが、苦難の中で、信仰者はどのように生きたらよいか、大きな示唆を与えられた。ダニエルがメディアのダレイオス王から大変気に入られたことを快く思わなかった他の大臣たちは、何とかダニエルの欠点を見つけ出し、彼を今いる地位から引きずり降ろしたいと企てた。30日の間、王以外の者に願い事をする者があれば、その者は獅子の洞窟に投げ込まれるという法律を彼らは作った。王は、大臣たちのダニエルに対する企みを知らずにいたので、すぐに了解した。一度、王が署名するとその法律を変更することは不可能であった。

ダニエルはこれらのことを知ったが、礼拝を中止することはなかった。自分が神に祈り、賛美する姿を見られたならば、自分は獅子の洞窟に投げ落とされ、食い殺されるということを知っていた。しかし、ダニエルはたとえ命が脅かされるとしても、変わることなくいつも通りの信仰に生きた。ダニエルは王が禁令に署名したことを知っていたが、家に帰るといつものとおり二階の部屋に上がり、エルサレムに向かって開かれた窓際にひざまずき、日に三度の祈りと賛美を自分の神にささげた。」ダニエル書6:11

この「いつものとおり」とは、「習慣」と言い換えることもできる。「習慣」は、英語で「ルーティン」と言うが、ラグビーの五郎丸選手がキック前に毎回、手を合わせてルーティンしていたことを思い出す。決まった時に、決まった事を順番通りにしていく、それは私たちの信仰生活にとって大切なことである。その習慣が何かの拍子に崩れてしまうならば、それは大きな危機を招く。ですから、信仰生活は何か特別なことをするということではなくて、いつものように、いつも通りのことをすることである。

主も十字架にかかる前夜、ゲッセマネの園で祈られたが、そこは「いつものようにオリーブ山に行かれ」「いつもの場所に来ると」ルカ22:39‐40、ひざまずいて祈られた場所である。コロナ禍の中でも、私たちは主日礼拝に集い(或いは、Webで参加)、週の半ばに祈祷会に集う。又、毎日静聴の時を持つ。これらの事は、わざわざ手帳に書き込まなくても、体と頭が覚えているものである。信仰生活における習慣は、大したことはないと思うかもしれないが、決してそうではない。一見、余り目立たない、地味なようなものであっても、その生き方を生き抜く時、そこには真の信仰の強さが生まれ、大きな価値を持つのである。苦難の時にも、いつも通りのことができるのは、日頃からの信仰の姿勢にかかっていると言える。信仰の習慣を大切にしたい。

たゆまず祈る!

昨年の今頃、発生した新型コロナウィルス感染症は、私たちの予想を超えて終息の傾向が見られないどころか、更に拡大を見せている。第三波が11月頃から訪れ、各地で入院もできないという医療崩壊も起きている。ワクチンが行き渡るのは、まだまだ先のことであるので、コロナが終息するまでには、長い年月がかかるであろう。

その中で、教会がなすべきことはないか。パウロは、「希望をもって喜び、苦難を耐え忍び、たゆまず祈りなさい。」ローマ12:12と語る。まず「希望をもって喜ぶ」とは、どういうことか。パウロは、相手が苦難の中にあることを知っていた。その中で、喜ぶことなどできないことも知っていた。それでもなお「喜びなさい」という。信仰者に与えられている喜びは、幸福であるが故の喜びではない。現在目に見える喜びがあるから喜ぶのではなくて、将来、希望における喜びが与えられることを見つめる喜びである。「神の栄光にあずかる希望」ローマ5:2、これこそが信仰者の喜びの根拠である。つまり、あなたは主によって、その希望が与えられていることを喜びなさい、という。

パウロにとっての苦難とは、迫害を意味した。私たちの人生には、貧困・病・人間関係・仕事など多くの苦難がある。特に、コロナ禍において、それらの苦難が顕著に表れてきている。では、この苦難をどう耐え忍んだらよいのか。「耐え忍ぶ」という言葉は、「あるものの下に留まる」という意味である。苦しみの下にしっかりと留まって、そこで生きることである。それは、その苦しみが神から与えられたものとして受け止めて歩むということでもある。神は最終的には私たちを全ての苦しみから救い出し、復活と永遠の命を与えてくださる。そのことを信じて生きるならば、私たちは人生の様々な苦難においても、そこに留まって、忍耐強く生きることができるであろう。

希望において喜びつつ、苦難を忍耐しつつ生きる歩みは、主に祈りつつ、つまり主との交わりに生きるところにこそ与えられる。それ故に、「たゆまず祈る」ことが大事である。「たゆまず」とは「継続する」という意味である。私たちは、祈っても現状は変らない、だから祈っても仕方がない、と諦めてしまうことはないか。しかしそれこそがまさに、信仰における希望と喜び、そしてそれに基づく忍耐を失ってしまう原因である。なぜなら祈りを失うことによって、私たちは神との交わりを失うからである。「たゆまず祈る」ためには、私たちの心が、いつでも、何をしている時にも、神に向かって開かれ、神の御前で、神と共に生きることを意識することから始まるのである。

 

できるかぎりのことをする

先週 NHK総合「おはよう日本」で、「さだまさし・中村哲医師にささげた曲“私に出来る事を為せば良い”」という番組を見た。さだまさしさんは、コロナ禍について、「心が倒れかかっている。あまり厳しく自分を追いつめないこと、大きく深呼吸する事。中村医師のように“20年がかりで水を引けば良い”くらいの気持ちで人生を考えながらきょうを生きられたら、足元ではなく遠くを見る事ができるのではないか」と話す。そして、中村哲医師の生き方に感銘を受けて、下記のような「一粒の麦~Moment」という歌を作詞作曲する。

ひと粒の麦を大地に蒔いたよ ジャラーラーバードの空は蒼く澄んで
踏まれ踏まれ続けていつかその麦は 砂漠を緑に染めるだろう
戦に疲れ果てた貧しい人達には 診療所よりも一筋の水路が欲しい
水があればきっと人は生きられるだろう 諍いを止める手立てに
薬で貧しさは治せない 武器で平和を買うことは出来ない
けれど決して諦めてはならない
ひと粒の麦の 棺を担う人に 伝えてよ悲しんではいけないと
この星の長い時の流れの中で 百年など一瞬のこと
ペシャワールの山の向こうの見果てぬ夢以外に 伝えたいことは他にはあまり無い
珈琲カップに夕日が沈む頃に ふと思い出してくれたらいい
いつか必ず来るその時まで 私に出来ることを為せば良い 私に出来るだけのことを
薬で貧しさは治せない 武器で平和を買うことは出来ない
夢はきっと引き継がれるだろう 私に出来ることを為せば良い 私に出来るだけのことを

*サビの部分の「Moment」という言葉は、省略

「私に出来ることを為せば良い。私に出来るだけのことを」という言葉に励まされた。聖書の中にも、「この人はできるかぎりのことをした。」マルコ14:8と、主がナルドの香油を注いだ女性に対して言われた。「私には、これもできない、あれもできない」と、失望することはないか。それは、人と比べるからである。しかし、神は私たちの人生に、それぞれにふさわしい賜物を与えてくださった。その賜物を見出すなら、「これなら私に出来る」と、喜んで神と人のために用いることができるだろう。中村哲医師の生き方は、「一粒の麦」となって、私たちの心を豊かなものにしてくれる。

幻を抱いて歩もう!

上尾教会にとって、今年開拓50周年を迎えた。『伝道40周年記念誌』に、当時の模様を下記のように記している。

『上尾の開拓伝道は、西川口教会員であった大原つゆ子姉が上尾市に引っ越したことによって始まりました。開拓伝道を考えていた西川口教会は、「核になる信徒のいる上尾が適任地ではないか。」ということで、1970年12月6日、臨時総会において、「上尾開拓伝道」を決議したのです。当時西川口教会は、教会員31名の群れで、「まったく、あのときは伝道所と心中するような気持ちだった。」と教会員が語ってくださったように、背水の陣を敷いて開拓伝道を決断してくださったのです。

1971年1月11日から1972年までは、上尾市上の大原姉宅で集会を開き、72年からは人の集まりやすい寿幼稚園舎へ、73年からは大原姉が開設する天使保育室での集会になりました。井置利男牧師が日曜日の午後に出張をして、聖書の集まりを開くかたちを取りました。集会場所を転々とする度に、求道者はゼロになる繰り返しでした。』

上尾開拓を振り返る時、使徒言行録16章に登場するリディアという婦人を思い出す。ある夜、パウロは幻を見た。その中に一人のマケドニア人が現れて、「マケドニア州に渡って来て、私たちを助けてください。」と願った。そこで、パウロ一行はトロアス港から海を渡り、マケドニア州第一の都市フィリピに滞在した。祈りの場所で語っていると、ティアティラ市出身の紫布を商う人で、神をあがめるリディアも話を聞いていた。主が彼女の心を開かれたので、彼女も家族もバプテスマを受けた。「私が主を信じる者だとお思いでしたら、どうぞ、私の家に来てお泊まりください。」と言って、パウロ一行を迎えて、福音を詳しく聞いた。この家が、ヨーロッパで最初の教会となった。

人材も財政も会堂も整ったから、開拓伝道が始まるのではない。ただ幻に導かれて、ひたすら神に拠り頼んで伝道の業に励んだからこそ、教会が生み出されていくのである。今日、「開拓伝道」は死語になるほど、新たな教会を生み出すことは困難な時代である。しかし、「マケドニア人の叫び」は、今も聞こえてこないだろうか。どんな大教会も始まった時は、幻に導かれた一握りの人であった。大切ことは、教会がいつの時代も幻を抱いて歩むことである。「幻のない民は滅びる。」箴言29:18(欽定訳)

金の子牛にひれ伏してはならない

今年の干支は「牛」である。牛は、聖書の中では重要性がとても高い。それは牛が「蹄が分かれ」「反すうする」という二つの条件を満たす清い動物であり、神に捧げたり、人が食べたりできる動物とされたからである。又、牛は労働力として用いられた。エゼキエルが見た幻の、四つの顔を持った生きものの顔の一つは牛であった。

牛は、「しもべ」と関連づけて考えられた。「脱穀している牛に口(くつ)籠(こ)を掛けてはならない。」申命記25:4をパウロは、Ⅰコリント9:9、Ⅰテモテ5:18で引用して、霊の奉仕をする使徒や長老たちが金銭的な報酬を得るのは当然だと説明した。それらの事から、神はしもべの働きに対して正当な報酬を与えてくださることがわかる。そして約束の地は、「乳と蜜の流れる地」とあるように、この場合の「乳」は牛の乳である。

この牛に関するエピソードの一つ、出エジプト記32章には、モーセがシナイ山に登ったまま降りてこないので、民はアロンに、「さあ、我々に先立って進む神を造ってください。」と求めたため、アロンは民全員に身につけている金の耳輪を外して持ってこさせ、火で溶かし、子牛の像を造り、翌日盛大な祝いをした、と記されている。神はそれをご覧になって、怒りに燃え、民を滅ぼすと言われた。モーセは、神に執り成したので、神は民に下す災いを思い直された。「金の子牛」は、繁栄や権力、富や成功を象徴し、自由の幻想を与える欲望のシンボルであったが、実際には自由の代わりに、人を隷属させるものであった。人々が「金の子牛」を造らせた一番の原因は、神に信頼し、神に真の願いを託すことができなかったことにあった。神を第一にしない時、人は簡単に偶像崇拝に陥り、そこでは偽りの平安を得るだけである。

「肥えた牛を食べて憎み合うよりは 青菜の食事で愛し合う方がよい。」箴言15:17。「肥えた牛」は、裕福の象徴であり、「青葉の食事」とは、貧しさの象徴である。たとえ貧しくとも、愛し合う家庭の方が、どんなに裕福であっても、争いに満ちた家庭よりも勝っているのである。「肥えた牛」「金の子牛」を、私たちも求めてはいないか。アロンをはじめ多くの神の民が、その誘惑に勝てなかったことは、決して他人事ではない。経済をはじめ大きな不安を抱える今日、私たちは、それを解消するために再び金の子牛にひれ伏してはならない。私たちは、金の子牛を自分のために造り、それを神とすることがないように、この一年、常に御言葉に聴きつつ生きていきたい。