闇の中に光が輝いた

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今年もアドベント(待降節)を迎えた。イエス・キリストの誕生は、紀元前700年前から預言されてきた。イザヤ書には、「見よ、おとめが身ごもって、男の子を産み その名をインマヌエルと呼ぶ。」7:14、「ひとりのみどりごがわたしたちのために生まれた。ひとりの男の子がわたしたちに与えられた。」9:5と救い主の誕生が預言されてきた。

この預言が記された時代は、アッシリアによって侵略され、権力者の圧政により、人々は飢えと恐怖に苦しんでいた。そのような中で預言者イザヤは、「闇の中を歩む民は、大いなる光を見 死の陰の地に住む者の上に、光が輝いた。」9:1と、闇の中を歩んでいた民に神の言葉を語る。そこには「大いなる光を見た」「光が輝いた」と、すでに完了した表現を用いて神の約束が語られている。イザヤも、そこに居合わせた民も、この預言が実現することを見ることはできなかった。しかし、この預言こそが人々の希望となって、差別や貧困、不条理の中にあっても、生き抜く力が与えられた。

このイザヤの見つめている「闇の中を歩む民」「死の陰の地に住む者」の姿は、イザヤの時代だけではない。イザヤの告げる深い闇、死の陰の地に生きる者の姿は、現代社会にも存在しているのではないか。国と国とが争い、人と人とが憎しみ合い、差別や偏見、貧困などで人々がもがき苦しんでいる。理解してもらえない痛みで、不平不満が満ちている。不条理な出来事の中で、悲しみや憤りが渦巻いている。

このイザヤの言葉は、まさにそのような闇の中に、「光が輝いた」と宣言する。闇が去ったので、「光が輝いた」のではない。依然として闇に覆われている。その中で輝く光とは、「ひとりのみどりごがわたしたちのために生まれた。」ことによってもたらされた光である。イスラエルの民は、自分たちを救ってくれる、新しい王の誕生を待ち望んでいた。ダビデ王家から救い主が生まれ、ダビデ王家が末永く続くことで、平和な社会、苦しみのない世界が訪れると思った。しかしイザヤは、地上の王ではなく、神が私たちに与えてくださる「平和の君」としての「ひとりのみどりご」の誕生を告げる。

この救い主の誕生によって、闇の中に閉ざされ、死の陰の地にあって、涙を流し、悲しみを背負い、生きる望みを失った者たちに、大いなる光が差し込み、「人々は

御前に喜び祝った。」9:2と告げる。その救いの光に照らされて、自分の人生を喜び祝うことができた。まさに、ここにクリスマスの光は輝いている。アドベントの期間、

主がこの世に遣わされた意味と喜びを、静まって黙想することによって味わいたい。