逃れる道をも備えていてくださる神

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私たちの人生には、自分の力ではどうにもならないことが沢山あるのではないか。重い病に侵される、良好な人間関係が失われる、仕事を失い経済的に破綻する、など、奈落の底に突き落とされることがある。その時は、誰しも健康な時の自分に戻りたい、良好な人間関係を築きたい、仕事に復帰して経済的に安定したいと、もがくのであるが、もがけばもがくほど、状況は悪くなり、希望や平安を失うことはないか。

そんな時、星野富弘さんの言葉を思い出したい。星野さんのは怪我をして全く動けないままに将来の事を思い悩んだ時、ふと、「激流に流されながら元いた岸に泳ぎ着こうともがいている自分の姿を見たような気がした。そして思った。何もあそこに戻らなくてもいいんじゃないか。流されている私に今出来る一番良い事をすればいいんだ。そのころから、私を支配していた闘病という意識が少しずつうすれていったように思っている。歩けない足と動かない手と向き合って、刃をくいしばりながら一日一日を送るのではなく、むしろ動かないからだから、教えられながら生活しようという気持ちになったのである。」と語る。「何もあそこに戻らなくてもいいんじゃないか。流されている私に今出来る一番良い事をすればいいんだ。」と気づき、口に筆をくわえて、花の絵と詩を描くようになった。

実は、流されることによって星野さんは、あんなに速かった流れも、私をのみこむほど高かった波も静まり、毎日眺めている渡良瀬川に戻ってしまったのである。下流に向かってしばらく流され、見はからって足で川底を探ってみると、なんのことはない、もうすでに底は私の股ほどもない深さの所だった。私は流された恐ろしさもあったが、それよりも、あの恐ろしかった流れから、脱出できたことの喜びに浸った。」と、喜びを見い出すのである。

私たちも、「激流に流されながら元いた岸に泳ぎ着こうともがいている自分の姿」に困惑することがあるが、かつての自分に戻ろうとしなくてもよい、流れに任せればよい。主は必ず、浅瀬に導き、試練から逃れるの道を備えてくださる。あなたがたを襲った試練で、人間として耐えられないようなものはなかったはずです。神は真実な方です。あなたがたを耐えられないような試練に遭わせることはなさらず、試練と共に、それに耐えられるよう、逃れる道をも備えていてくださいます。」コリント10:13。試練と共に、逃れの道も、神がその時その時に与えてくださる。何故なら、「神は真実な方」愛する独り子を十字架につけてまで、私たちを救ってくださったからである。何とかしようと自分の力でもがくのではなく、この真実な神を信頼して、信仰の道を歩んでいきたい。