赦すためのクリスマス

Home / 週報巻頭言 / 赦すためのクリスマス

クリスマスは、イエス・キリストがお生まれになったことを祝う日であるが、ではなぜ、キリストがお生まれになったのか、そのことを知っている人は意外に少ない。クリスマスは、キリストが全ての人々を罪から救うために、この地上に来て下さった日である。私達人間は、罪のために神様に見捨てられてもおかしくない存在であった。しかしそんな私達のために、キリストが身代わりとなって十字架にかかり、我達の罪を一身に背負って下さった。これによって、私達の罪は全て赦されたのである。キリストは、私達の身代わりとして処刑される事を承知でこの世に来て下さり、「父よ、彼らをお赦し下さい」と十字架上で執り成しの祈りを捧げて下さったのである。

私の妹・ブラナー妙子から『アガペー便り』が届いた。その中に、「今第4期の肺癌と戦っている二人のアメリカ人の友人が私にはいます。一人は、アーミッシュ学校襲撃犯の母親である、テリー・ロバーツです。テリーは、最近、『赦される」ことをテーマに『Forgiven』という本を出版しました。テリーは、犯人の母親ではあったのですが、被害者であるアーミッシュの家族からの赦しを経験し、自らもアーミッシュの人々と積極的に交流を続けてきました。我が家の集まりにも来て、話をしてくれましたが、神の恵みと赦しが如何に、癒しをもたらしてくれたのかを涙をもって話してくれました。彼女は、癌を患いながらも、この信じられないような話をしに様々な所へ、ついこの前まで出かけていました。』と記されていた。

クリスマスの足音が聞こえる今、自分がどれほど大きな罪を日々犯しているのか、そしてそんな私達を赦すために、イエス・キリストが命を捧げて下さったということの愛の大きさを、改めて振り返りたいと思う。そしてキリストの赦しを受け入れて、神と和解し、他者と和解していきたい。それが、私達にとってのクリスマスである。自分は神にとって大切な一人なのだ、他者とって大切な人間なのだと分かった時、小さな一人一人を、神がどれほど愛して下さっているかを知ることが出来るのである。

キリスト降誕 彼は小さな赤子になられた、私たちを理解するために 彼は貧しくなられた、私たちの仲間になるために 彼は来られた、支配するためではなく、意味をもたらすために 罪に定めるためにではなく、赦すために 抑圧するのでなく、魂を解放するために 屈服させるのではなく、真実の無私の愛を、私たちに教えるために。(作者不詳)