私たちの心を支えるもの

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緊急事態宣言が発令された日、NHKの『首都圏ネットワーク』を見ていると、成田山新勝寺が、大本堂での参拝は事前に申込みをした人に限り続けるとのことであった。さすがに1080余年の歴史を持つお寺だと思った。どんな苦難の時代でも参拝だけは中止せず、病気平癒・健康長寿祈願などを願う人々の拠り所となっている。

キリスト教の歴史でも、初期のキリスト者がローマ皇帝の迫害を逃れ、殉教者たちを葬る地下の墓「カタコンベ」を礼拝の場として信仰を守り続けた。また今日、中国では政府の弾圧を逃れて、政府非公認の「地下教会」いわゆる「家の教会」で礼拝を捧げているキリスト者が多い。礼拝はキリスト者にとっては生命線であるので、いつの時代もあらゆる工夫をして捧げてきた。

今、諸教会は新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、礼拝を中止せずに続ける工夫を模索している。もし礼拝を中止すれば、礼拝を再開することはもっと難しくなり、信仰から離れていく人が増えていき、信仰の共同体の崩壊に繋がることが懸念されるからである。週に一度、礼拝を捧げることは、信仰の維持のために大切である。

諸教会では、ネット配信による礼拝が拡大しているが、牧師一人によるネット配信は、御言葉は語れても、礼拝を捧げているとは言えないのではないか。礼拝には、御言葉に応答して感謝を捧げる会衆がいる。様々な教会のHPを見て、ネット配信の仕方を調べたが、教役者だけが教会で礼拝を捧げている教会と、数名の礼拝奉仕者が教会で礼拝を捧げている教会があった。バプテスト教会は、後者の場合が多く、「信徒による教会形成」がこの苦難の中でもよく表れている。ネット配信は、今後、病気の方や遠隔地にいる方と礼拝を共にするために、ますます必要になっていくだろうが、ただネット環境にない、特に高齢者の方への配慮を忘れてはならない。

上尾教会での取り組みは、ネット配信だけではなく、礼拝奉仕者が週報やメッセージを届けたり、郵送で送ることにしている。また、メールや電話で安否確認をして、励まし合い、祈り合うことにしている。今、聖書日課では詩編を味っているが、全てをご存知の神が、私たちの心の悩みや苦しみに適切な慰め言葉、励ましの言葉をそこに記してくださっていることに勇気づけられる。「パンは人の心を支える。」詩編104:15。命のパンである御言葉こそ、どんな時も私たちの心を支えるので、日々、味わいたいものである。そしてこの難局を、一緒に乗り越えていこうではないか。