神に造られた世界を御心に従って治める

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聖書の中には、これは理解できない、従えないと思う戒めが幾つも出てくるのではないか。その一つが、創世記1章26節「神は言われた。『我々にかたどり、我々に似せて、人を造ろう。そして海の魚、空の鳥、家畜、地の獣、地を這うものすべてを支配させよう。』である。人間のみが特別に神のかたちに造られたので、人間は神により他の被造物全体を支配せよ、と受け止めることができる。「動植物の生は、それ自体のためではなく、人間のために保たれている。」トマス・アクィナス、「創造主の最も正当たる定めにより、それらの生と死は、双方とも我々が自由に用いてもよいものとなった。」アウグスティヌス、と二人の偉大な神学者が唱えたこともあってか、自然は人間の必要や願望に仕えるために存在するという「人間中心主義」が、今日まで受け継がれてきた。

その結果、何をもたらしてきたか。人間が他の被造物、自然を支配するという生き方が、自然破壊や環境破壊を生んできた。新型コロナウイルスも人間がそれまで踏み込んだことのなかった自然の奥にまで入り込むことで発生した、動物由来の感染症の一つと考えられ、一年前の熱海の土石流の甚大な被害も盛り土による乱開発であり、辺野古新基地建設の埋め立てによって、サンゴや他の生き物が死滅し、遺骨の眠る山から土砂を大量に採掘することによって、自然が破壊されている。枚挙にいとまがないが、人間の必要や願望を優先させた結果、地球温暖化が起こり、世界各地で大変な災害が起きている。このままではいけないと、国連総会において、SDGs「持続可能な開発目標」を掲げ、具体的な対策として、海の豊かさを守ろう、陸の豊かさを守ろうなど、17の目標を掲げたが、むしろ、自然破壊は進んでいる。

私たちは、もう一度、聖書を読み直す必要がある。「支配させよう」は、口語訳も聖書協会共同訳も「治めさせよう」となっている。「治める」とは「ガバナンス」で、「統治」「管理」「守る」という意味がある。神は、造られた世界をご自身が直接治めず、人に委ねられた。人間は、神の代理人として地を治める者として造られたのであって、人間の必要や願望によって、被造物の上に立って横暴に振る舞うことではない。被造物全体が、人間によって、そのものらしく治められ、その命が守られ、それを通して神の栄光が現れることである。神は、その務めをなす力を人に与えられた。私たち人間は、神に造られた世界を御心に従って治め、さらに良きものとしていくことが求められている。それが、「神のかたち」として造られた本来の人間の姿である。