永遠の命を受け継ぐ

Home / 週報巻頭言 / 永遠の命を受け継ぐ

先週、私の母の100歳の誕生日を祝った。母は70代の時に夫に先立たれ、一人暮らしになり、不安から老人性うつになった。牧師館に一時住まうが、背後霊のように私の後を追うこともあった。しかし、そのような危機の時こそ、主に出会うチャンスの時となる。私は母に、「聖書には、思い煩いは何もかも神にお任せしなさい。神が,あなたがたのことを心にかけていてくださるからです、とあるよ。だから、イエス様を信じてすべて委ねましょう。」と誘うと、嬉しいことに主を信じると決心してくれた。そして80歳の時、青葉教会で妹の子ども(孫)と一緒にバプテスマを受けた。それから不安がなくなり、施設で穏やかに過ごせるようになった。認知症が進んでも、賛美歌「いつくしみ深き」を歌うと、母の心は安らぐ。そんな母を見ていると、すでに永遠の命を受け継いでいると思わずにはいられない。それは、永遠の命は召されてから頂く命ではなく、主を信じる者に与えられているので、平安に過ごせる。

永遠の命とは、この地上で永遠に生きるということではない。人生は長く生きても120年と言われる。聖書が言う「永遠」とは、時とは全く関連していない。時を超えている。「それは、主を信じる者が皆、人の子によって永遠の命を得るためである。」ヨハネ3:15 「信じる」とは動詞の現在形で、永遠の命を「得る」も現在形である。永遠の命は未来ではなく、現在に与えられる。それは主を今、信じることによってである。そのために主は十字架に上げられ、復活された。そこに主の愛が示されると共に、御子を十字架に渡された神の愛が示されている。「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。」ヨハネ3:16。主を信じる者は誰でも、永遠の命を得ることができる。

主を信じて永遠の命を得る者は、地上の命が尽きる時も恐れない。永遠の命が信じる者を生かし続けるからである。信じる者は永遠の命によって、パウロのように、「生きるとはキリストであり、死ぬことは利益なのです。」フィリピ1:21との告白に導かれるのではないか。自分のために生きるのではない。主のために生きるのである。人は、生まれつきの命によっては、どんなに努力しても、神に倣うことができない。それは、罪があるからである。しかし、主を信じる時、神の子としての性質が与えられ、正しい行いができる力が与えられる。永遠の命を与えてくださる神は、私たちに、この地上で、その命に生かされた生活を送るように導いてくださるのである。