正義と平和は口づけし…       教会員

Home / 週報巻頭言 / 正義と平和は口づけし…       教会員

8月15日、76年目の敗戦記念日を迎えるが、沢山の方たちの苦しみは今も続いている。これまで平和を願いながら色々な集まりに参加し、デモや座り込みや、沖縄の「辺野古新基地建設」反対のために首相官邸前でゴスペルを歌う会などに参加してきた。家族やキリスト者の友人や教会の人たちと声を掛け合いながら続けてこられた。小さな平和のための行動であった。

きっかけとなったのは、やはり、前の戦争について釈然としない思いがあったからである。日本の戦争が侵略戦争だったと思うのに、真実や謝罪の歴史が見えない不信感を感じていた。家族ができ子供が与えられると、夫や子供たちが国の都合で戦争に兵隊として取られるのは、絶対に嫌だと思い必死だった時期もある。折しも「靖国国家護持法案」が提出された時代と重なる(5年で廃案になったが)。現在でも国の正義や真実を見張るためには、国の動きから目が離せない。

これらの行動は、平和を祈る祈りの形だと思う。小さな行動でも、「私ひとりがこんな事をしても、何になる?」と自他ともにうっすらと感じることもある。しかし、ツチ族とフツ族の和解のために働いておられる佐々木和之さん(国際ミッションボランティアとしてルワンダへ派遣)の言葉の中に「私たちは、平和のために小さなことしかできないが、平和の主イエス様がそれを繋いでくださる」とあり、支えになっている。

この世界から紛争や戦争が消えることはないと、改めて感じた。これまでは、漠然と平和な世界を求めてきた。神によって、ちりから造られた人間に、創造された素晴らしい世界を「~すべてを支配せよ~」(創世記1:28)と命じられたが、罪に堕落し、神の命令に従い得ないものとなり、自己(の欲望)中心の末に、争いの絶えない人類になったためである。正義を問い、平和を願って歩いてきたが、終ることがないなら、もう歩いていけない!

しかし、聖書に「…正義と平和は口づけし…」(詩編85:10)「平和の君」(イザヤ書9:5)とある。すなわち、やがてイエス様が「平和の王」として統治なさる時がくると預言されている。私たち人類は神の命令「~すべてを支配せよ~」に従い得なく、争いが絶えないが、やがて必ず「平和の王」が統治するときが来るのである。何と素晴らしい時かと思う。その時を望みつつ平和を作っていきたい。「平和を実現する(つくる)人々は、幸いである、その人たちは神の子と呼ばれる。」(マタイ5:9)