次代に伝えたいメッセージ     教会員

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先日、富山に行った。祖父が緊急入院したためだ。現在、祖母と二人暮らし。二人とも90歳を超えている上、近い親戚がそばにいないため、入院手続き等でこうして病院から呼ばれるのである。祖父はだいぶ記憶力も衰えてきた気がするが、戦争の経験は強烈だったようで、事あるたびに戦争の話を持ち出してくる。成績・体力優秀であったため通信兵として選別され、中国に出兵し、暗号の解読に従事し、勇敢に戦っていた云々。その一方で軍事活動に従事中に急襲にあって何人かの同僚を亡くしたそうだ。

終戦後、祖父は中国語を独学で習得し、中国に住む人と文通交流している。普段は平和や命の大切さなどは口には出さないが、文通した手紙には先の大戦の懺悔と平和の誓いが記されていた。

第二次世界大戦後に、現在の日本国憲法が施行された。その後、日本国憲法は一文字も変更されていないが、常に第9条の解釈を変える動きがある。憲法で戦争を放棄したが、国際法で認められている自衛権は保持という解釈のもと、政府は自衛のための必要最小限度の実力をもつ自衛隊は憲法で持つことが禁じられた戦力ではないとの立場をとり、軍隊でも警察でもない国防を主な任務とする組織ができた。またイラク戦争後の復興支援に携わるため、戦闘が起きる可能性のない「非戦闘地域」という理屈を持ちだした。直近では、集団的自衛権を一部とはいえ行使できる、と9条解釈を変更した。政府は軍事用語をなるべく使わず、歩兵を普通科、軍艦を護衛艦などと呼ぶが、だれがどう見ても自衛隊は軍隊である。それならいっそのこと自衛隊の存在を9条に明記してしまえという動きもみられる。もはやそこには、戦争への悔いと大きな反省のもとに作られた憲法の崇高な理念と平和への希求が見られない。

憲法の前文には次のように記されている。「われらとわれらの子孫のために(中略)、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。」

人を国籍によって判断せず、武力に解決を求めない、平和な社会を実現していくために、先人たちの平和の思いを受け継ぐと共に、平和を追求する心を次代に伝えていきたい。「平和を実現する人々は、幸いである。」マタイによる福音書5章9節