「イヤロッパ君明治だよ!」受験期に覚えた明治維新の年を覚える語呂合わせです。私の日本の敗戦後のスタートは、明治維新からスタートします。日本は、1868年に明治維新を成し遂げ、封建制から近代国家へとスタートを切りました。それからの日本は、欧米列強に追いつけ追い越せと、富国強兵に邁進し、豊かな国作りに励みました。しかし大航海以降の欧米列強は、植民地主義を国策とし、南米やアジア・アフリカを植民地として収奪することで豊かになってきました。それに倣った日本は、中国や朝鮮に食指を動かし、侵略、収奪、虐殺などあらゆる悪逆非道を行いました。三光作戦ってご存知ですか。「殺し尽くし、焼き尽くし、奪い尽くす」という日本軍が中国でとった作戦です。先日森村誠一さんが亡くなりましたが、著作の「悪魔の飽食」という本には、もう止めてくれと言いたいほど、日本軍属の七三一部隊が行った非道が書かれています。「丸太」と呼んだ捕虜を使って人体実験を行ったことが詳細に報告されています。実験の一つに、「胃腸返し」というのがありました。それは、胃と腸を逆にしたら、人間はどれくらい生きていられるかを実験したそうです。
日本に限らず、戦後世界は、アウシュビッツや七三一部隊の虐殺という事実からスタートしないといけないのではないか。「ファシズムは、短い記憶と長い舌を持っている」と言われるように、忘れやすく騙されるを繰り返します。(今現在ウクライナで繰り返している)かつて西ドイツの大統領ヴァイツゼッカーは、「問題は過去を克服することではありません。(略)過去に目を閉ざす者は結局のところ現在にも盲目となります。非人間的な行為を心に刻もうとしない者は、またそうした危険に陥りやすいのです。」と言いました。又、日本の映画監督伊丹万作は、「“だまされていた”と言って平気でいられる国民なら、おそらく今後も何度でもだまされるだろう。いや、現在でもすでに別の嘘によってだまされ始めているにちがいないのである。一度だまされたら、二度とだまされまいとする真剣な自己反省と努力がなければ人間が進歩するわけはない。」と言いました。
「道徳に究極の完成はありません。」ので、二度と同じ過ちを繰り返さないために、「非人道的な行為を心に刻み」「二度とだまされまいとする真剣な自己反省と努力」が、今必要なのではないでしょうか。
「悪を避け、善を行い、平和を尋ね求め、追い求めよ。」詩編34:15