御言葉を聴き、祈り合う群れ

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新しい年を迎え、今年こそコロナ感染症の終息を願うが、まったく先が見えない。又、ウクライナやミャンマーに平和が訪れることを願うが、これもまったく先が見えない。私たちは、ただ手をこまねいて、憂いていてはならない。コロナ感染症が終息し、世界中に起きている戦争・差別・貧困が解決され、主の平和が来るように、又、人々が和解の福音にあずかることができるように、熱く祈り合っていきたい。

「また、はっきり言っておくが、どんな願い事であれ、あなたがたのうち二人が地上で心を一つにして求めるなら、わたしの天の父はそれをかなえてくださる。二人または三人がわたしの名によって集まるところには、わたしもその中にいるのである。」マタイ18:19-20

主から示されることは、私たちは、一人ではなく、二人、三人と集まって祈ることの大切さである。それは、二人または三人が主の名によって集まるところに、主も共にいて、共に祈ってくださるのである。私たちの祈りの輪の真中に、いつも主がいて共に祈ってくださる。いや、私たちに先立って祈ってくださる。先立ち祈る主の祈りに声を合わせて、私たちも祈りを捧げる。ここに教会の祈りがある。

「どんな願い事であれ・・それをかなえてくださる」と言っても、自分の願いがすべてかなえられるという意味ではない。主の御心を願って祈るならば、かなえられるということである。では教会が真っ先に祈るべき願い事とは何か。主はこの御言葉の前に、「迷い出た羊のたとえ」マタイ18:10-14を語っているが、羊飼いは99匹を山に残しておいてまで、迷い出た一匹の羊を捜しに行く、そこに教会の姿があると言われた。天の父の御心は、これらの小さな者が一人でも滅びることを願わないのである。

奥田知志(東八幡教会牧師)が理事長をしているNPO法人「抱撲」の働きが東京新聞にも大きく取り上げられていた。かつて暴力団が拠点としていた地域に、ホームレスや居場所のない子どもたちのための福祉と共生の拠点となる複合施設「希望のまちプロジェクト~一人も取り残さないまち」作りを北九州市で進めている。それは、「わたしを求めよ、そして生きよ。」アモス5:4との主の招きでもあると感じた。

この一年、御言葉を聴き、祈り合う群れとして歩んでいきたい。そのために、二人または三人が主の名によって集まる祈祷会は大切である。御言葉から主の御心を知り、心を合わせて祈り合い、主が願いをかなえてくださることを味わいたい!