平和を考える季節に寄せて        教会員

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この季節は、皆さんも平和について思いを巡らし、祈りを捧げることでしょう。

戦争はいつの時代にもあり、たぶんなくならない。それでも私たちは「御国がきますように」と祈らずにいられません。天の御国―神が統べ治め、完全な平和があるところ。いつかそこに全員集合しましょう!なんとしても全員で!

イエス様はこの世の終末のしるしとして、「わたしの名を名乗るものが大勢現れ・・・戦争の騒ぎや戦争のうわさを聞くだろうが、慌てないように気をつけなさい。そういうことは起こるに決まっているが、まだ世の終わりではない。」マタイ24:5-6、「大きな地震があり、方々に飢饉や疫病が起こり、恐ろしい現象や著しい徴(しるし)が天に現れる。」ルカ21:11と言っています。戦争は起こるに決まっている!?世界平和が実現するとは言ってくださらない。ここは御国ではない。この事実を突きつけられます。この世に罪が入り込んで以来、すべては壊れていて何一つ完全なものはありません。私たちの体も心も、人間関係も、経済も、自然もどれも完全に調和して働いてはくれません。早く御国に行きたいものだと思うこともありますが、何としても全員でそこに集合したいので、この時代にできる限りの私にできることをしてから御国へ行って、主にほめてもらいたいなあと思っています。

イエス様は、終末が来る前に、「御国のこの福音はあらゆる民への証しとして、全世界に宣べ伝えられる。」マタイ24:14とも言っています。今日、二千を超える部族、民族はイエス様の福音を聴いたことがないそうです。でもイエス様は「全世界に宣べ伝えられる」と言ってくださっているので、必ずすべての国民が福音を聴く時代が来るということですよね。その一端をこの時代において担いたいです。でもどうやって担いましょう?

パウロはで私たちのためにこう祈ってくれています。「人の知識をはるかに超えるこの(キリストの)愛を知るようになり、そしてついには、神の満ちあふれる豊かさのすべてにあずかり、それによって満たされるように。」エフェソ3:19。

神様の良い性質である愛、謙遜、優しさ、誠実、寛大。私たちがこれらに満たされたら、周りの人々はそこに、目に見えない神を見るでしょうか?きっと見ると思います!でもそのために私は自分の十字架を負わなければならないでしょう。一日のうちに何度も私の考えを、意見を、自分勝手な自分を十字架につけなければならないでしょう。でもそのようにしてでもイエス様のようになってみたいです。イエス様が見るように周りの物事と人を見て、行動したいです。そうやって目に見えないイエス様を人々に見えるようにしたいです。平和を考える季節にあたり、私の決意です。