共に育つ教会学校!

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今月、教会学校月間を迎えた。御言葉は、礼拝では説教者から聴くが、教会学校ではクラスのメンバーを通して聴く。食事と同じで、皆で味わう霊の糧(御言葉)はなんと美味しいことか。ですから、クラスのメンバー一人一人が休まずに出席することが、充実したクラスを生みだす第一歩である。幼少科の子供たちは、吸い取り紙のように御言葉や賛美を吸収していく。リーダーのよき準備によって、子供の心を育てる豊かなクラスが毎週開かれているが、ただ残念なことは、子供が2~3人と少ないことである。主は「子供たちを私の所に来させない」マルコ10:14と招かれた。子供が来るのを待っているのではなく、是非、お子さんやお孫さんを誘って頂きたい。

成人科は、個性豊かなクラスが生まれている。御言葉の分かち合いや近況報告もアッという間の終わるクラスもあれば、いくら時間があっても足りないというクラスもある。自分の本音はあまり話さないというクラスもあれば、自分の本音をさらけ出せるクラスもある。静かなクラスもあれば、笑いとおしゃべりが絶えないクラスもある。これには、メンバー構成とリーダーのクラス作りによるところが大きい。

教育とは、教えることではなく、「引き出すこと」だと言われる。メンバーの思い(霊性)を引き出すことができれば、それはよいクラスである。「神の言葉は生きており、力を発揮し」ヘブライ4:12とあるように、自分の課題に対してこの御言葉はどのような生き方を示しているのか、深く思い巡らし、気づかされたことを分かち合う。米国南部バプテスト教会の青年たちが「WWJD」というバンドを発案し、それがMBAの選手の間でもはやり、世界中に広がった。その意味は「What Would Jesus Do?」「もしイエス様だったらこんな時どうするだろう?」自分だったらこんな時どうするかではなく、イエス様だったどうするかと、御言葉から聴いて、分かち合うことが「共育」となる。

仕事も子育ても老人介護も人間関係も、全て自分が何とかしなければと思うから行き詰る。しかし、神はその行き詰りを解決して下さる。「神は、神を愛する者たち、すなわち、ご計画に従って召された者たちと共に働いて、万事を益となるようにして下さることを、私たちは知っている」ロ-マ8:28。神がどのような計画を私たちの人生に備え、万事を益として下さるか、「知る」機会が教会学校である。又、お互いに「助けて!」と言える場所が教会学校で、そこから隣人愛が生まれる。是非、教会学校に参加して、神の声を聴くと共にクラスメンバーの声を聴き、共に育っていこうではないか。