多くの教会員は、家族が救われることを祈っています。データによると、日本人の7~8割の人は無宗教であるそうです。キリスト教徒は、日本全体の約1%と言われており、数字だけみると、家族がキリスト教を信じて欲しいと言うことは至難の業のように思えます。そもそも、宗教とは何でしょうか。私は宗教=生き方だと思います。自分がどのようになりたいか、何に惹かれるかを示すものであります。
日本では、様々な宗教行事が沢山あります。教会の行事で言えば、クリスマス、最近ではディズニー効果なのか、イースターも連想する人が多いのではないでしょうか。神社では初詣、節分、七五三、お寺では夏祭りや様々な開運やパワースポット巡り、そして多岐にわたりイベントがあります。そのため、まさに生き方(宗教)をしっかり持たなければ、自分自身を形成する土台が成り立たないのではないでしょうか。
私の家族は、全員クリスチャンであり、今年のイースターには小学3年生の姪の愛音がバプテスマを受けます。最近まで幼いと思っていましたが、教会の中でどんどん成長していく姿を見て、多くのクリスチャンから信仰のバトンが姪へ渡されているのだと感じました。では、信仰のバトンは、どのようにすれば渡せるのでしょうか。
多くの生き方(選択肢)があります。好きな果物で言えば、リンゴと答える人もいれば、みかんと答える人もいると思います。もし、リンゴを食べて美味しかったら、周囲の人(家族や隣人)に勧めることが伝道の始まりなのかもしれません。とは言ったものの、『5つの約束』の「友達(隣人)を誘う」という項目が一番苦手な私としては、リンゴを勧めても、断られた時が怖くなり、なかなか周囲に勧めることができない一人であります。そのため、いつも個人の祈りのリクエストに、周囲の人を誘える人にしてくださいと挙げています。
信仰生活は誰もが順風満帆とは言えず、時には辛いと感じる人は多くいるのではないでしょうか。しかし、一人の人が救われることで、私たちは多くの希望や励ましを主より頂くことができます。私は小さい時からいつも、「一人でも多くの人が救われますように」と祈ってきました。私自身が多くの人から信仰のバトンを受け取ったように、私から信仰のバトンを渡すこともあると思います。共に祈り続け、一人でも多くの人と礼拝を捧げる日を待ち望みたいと思います。
「希望をもって喜び、苦難を耐え忍び、たゆまず祈りなさい。」ローマ12:12