伝えていく義務         教会員

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私の母は、1932年(昭和7年)生まれの87歳である。女学校1年生の時に第2次世界大戦の日本の終戦を迎えた。母は、戦争の無情さ、無意味さ、苦しみ、腹立たしさを吐露する。母は、物心ついたころから軍事教育を受け、国民学校5,6年生より教育勅語を唱え、歴代天皇を覚えさせられる。未だにそらんじる母を、気味悪く思う。天皇陛下が現人神だという洗脳教育がなされていき、学校では、毎日「御真影」を拝む。そして大阪で8回にもわたる大阪大空襲に遭遇した。夜間低空爆撃で住宅密集地を標的にされたり、ナパーム弾(大型焼夷弾)をはじめたくさんの焼夷弾が落とされ、大火災が起こったり、転がった死体の上を踏みながら戦火を逃げ惑ったり、一晩中溝で身を潜めたりなどという体験をする。なかでも6回目の大阪大空襲では、母の住んでいた堺をねらった堺大空襲を経験し、それは、大阪南部の都市を一夜にして焼け野原にした。その時に戦闘機の機銃掃射をした操縦席の若い米兵の顔をはっきり覚えているそうだ。彼は、操縦かんを握りゲームのように機銃を打って行ったのだろう。戦争は、理性を動物的な脳に変えていく。花火を見ていつも焼夷弾を思い出し怖がる母を気の毒に思う。

戦争中は、都会では食べるものがなく、体力や思考は限界であったという。栄養失調の中、友との挨拶が、「生きていたらまた逢いましょう。」であったという。大阪では、この空襲で1万人以上の一般市民が死亡し、生き残ったことが奇跡に近い。

さて、今コロナ禍で期限のない恐れ、見えない敵との闘いの只中である。戦争を体験したり、震災を経験したり、新型コロナの世界に遭遇する母の人生を不幸の連続だといっていいのか。いや、それらを通して、本当に大切なものを神様から教えられた母は、ある意味神様に愛されてきたのではないだろうか。この新型コロナで世界中の人々に、「争っている場合ではない。世界が一つになれ!」と神様が警鐘を鳴らしておられるのではないかと思う。やがてこの新型コロナウィルスも抑えられる時が来たら、「死」と向き合った世界中の人々が、本当に大切なものが何であるかを知ることができますように、傷つけ合うより赦し合う世界が来ますように祈りたい。

「これらのことを話したのは、あなたがたがわたしによって平和を得るためである。あなたがたには世で苦難がある。しかし、勇気を出しなさい。わたしは既に世に勝っている。」

ヨハネによる福音書16:33