今日における教会の使命

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新型コロナウイルスは、世界中に潜在的にあった格差や貧困、差別や分断を明るみにさらけ出したのではないか。非正規雇用者への雇止めや解雇も、アメリカで起きた黒人男性の暴行死を受けての抗議活動も、人権を無視した不当な差別がそこにはある。このような時代の中で、教会の使命はどこにあるのか。教会の使命は、ただ主を礼拝することだけではない。主を信じる者は、主と共に生きることが求められている。
「イエスはガリラヤ中を回って、諸会堂で教え、御国の福音を宣べ伝え、また、民衆のありとあらゆる病気や患いをいやされた。」マタイ4:23。主がなさったことは、大きく分けて2つ、「御国の福音を宣べ伝える」ことと、「病気や患いをいやす」ことであった。「御国の福音」とは、主が十字架と復活において成し遂げてくださった救いの御業である。人は、自分の犯した罪を贖うことはできない。だから罪責感に苦しむのである。しかし、主が十字架で私たちの罪を贖うことによって、罪の赦しを与えてくださった。又、人は必ず死を迎える。だから死に怯え、絶望する。しかし、主は3日目に復活して、死に勝利してくださった。この主を信じることによって、永遠の命が与えられ、死を越えて生きる希望が与えられる。「御国の福音を宣べ伝える」使命は大きい。
「病気や患いをいやす」ことも、主の使命であり、教会の使命である。主は、病人を癒されただけではなく、抑圧された人々や弱い立場に追いやられた人々と共に生きられた。それによって、体と心の病や痛み、様々な試練や問題を癒してくださるのである。社会的弱者と共に生きることが、この地上に神の救いを実現することであった。下記の世界教会協議会(WCC)「教会の役割に関する声明」がそのことを表している。
「ウイルスの⼤流⾏は、世界的に影響を与えているという点において、ある意味では平等でしたが、私たちの社会における根深い分断、不正義、経済的不平等、⼈種差別を露呈させ、悪化させてもいます。慢性疾患に苦しむ⼈々、⾼齢者、貧しい⼈々、⼈種的マイノリティ、先住⺠、障害を持っている⼈々、移⺠、避難⺠、そして社会の周縁で⽣きている全ての⼈々など、ウイルスは最も弱くされた⼈々をことさら脅かしているのです。教会と信仰共同体は、最も弱くされた⼈々や共同体に同伴し、互いに連帯するように神から招かれています。私たちの主イエス・キリストは、気遣い、ケア、思いやりがあらゆる境界を超えるということを、彼の⼈⽣、教え、⾏動をもって私たちに⽰しました。危機と恐れと分断の時期にあって、社会の変⾰のために希望と癒しをもたらすことがキリスト者としての私たちの使命です。」