マインド・コントロールとは

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今月、連合牧師・主事会の折り、参加していたある牧師が青年時代に統一教会に入り、40万円もする印鑑を借金してまで買わされたことを話された。その時は、これが神の喜ばれることだと不思議に思わなかったが、今にして思えば、自分でも気がつかないうちに他の価値観をすべて否定し、教祖だけを全面的に信頼してしまうマインド・コントロールの恐ろしさに陥ったとのことである。

世界平和統一家庭連合(旧統一教会)は、マインド・コントロールを巧みに利用して勧誘する。まず「あなただけに伝える」「せっかくいい先生が来ているから」「月にたった1回しか会えない人だ」などと希少性を強調して「1時間だけどう?」などと声をかける。そこから団体名を言わないうちに、教義が教え込まれていく。それでも怪しいと感じて誘いを断ると、今度は「あの時、こう言ったよね」「約束したよね」と持ちかけて、話が違うことを責める。こうして人間の心理を巧みに利用した挙げ句、「恐怖説得」を仕掛けてくる。「せっかく宗教的指導者に会えたのに」「こんなに大事な教えを知ったのに」という、いかにもおもんばかる言葉から「ここで辞めたら地獄に堕ちる」「○○さんはここで辞めて事故にあった」などと脅して、抜け出せなくする。そして、偉い先生が推薦していると宣伝する。9月に安倍氏の国葬が決まったが、「日本の国葬になった人も教祖様に敬意を表しているのよ」「だから家や土地を売ってでもお金を寄付しましょうね」と言って勧誘してくるに違いない。安倍氏の国葬でもっとも得をするのは旧統一教会かもしれない。

聖書は、人の心を恐怖心で支配するマインド・コントロールは否定するが、マインド(心)をコントロールすることについては語っている。それは、神の霊において悔い改めて新しくされること、罪に支配された人生に代わり、キリストによってもたらされる自由と喜びと希望に満ちた生活に変えられることである。「心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くし、力を尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。」マルコ 12:30この「精神を尽くし」という言葉は、聖書協会共同訳では「知恵を尽くし」と訳す。つまり「考え、理解し、判断する知力の全てを尽くして神を愛しなさい」という意味である。このように見てくると、知性は信仰生活上、重要な要素の一つである。「知識がなければ信仰は迷信に移りやすく、信仰がなければ知識は冷淡に終わる」と内村鑑三は言う。知性を欠く時、信仰は迷信に落ち入りやすいことを肝に銘じたい。