どんなことにも感謝!

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2023年が終わろうとしているが、皆さんにとって、どのような一年であった

か。この社会(世界)を見る時に、心痛める出来事の何と多かったことか。いじめや

虐待、差別や偏見、争いや戦争が至る所で起きている。私たちは苦しみの中にある人のことを絶えず覚えて、平和の主に向かって祈りを捧げ続けていきたい。

又、どんなことにも主に感謝したい。「どんなことにも感謝しなさい。これこそ、キリスト・イエスにおいて、神があなたがたに望んでおられることです。」1テサロニケ5:18。「どんなことにも感謝しなさい。」これは、単なる人生訓ではない。私たちが生きているのは楽しいことだけではない。辛いことも、苦しいことも、悲しいこともある。思うように行かないことも、挫折することもある。そのような時、「どんなことにも感謝しなさい。」という言葉は、人間の常識を超えたような言葉に聞こえる。「そんなことできるわけがない。」と思う。これは生まれつきの人間ではありえないことである。

「感謝」thankと、「考える」thinkは、語源が一緒で、「考える」「記憶する」の語源とも関連している。感謝は、その時感じるありがたい気分の情緒的反応ではなく、考え、記憶する認識と意志の領域である。自分が歩んできた人生を考え、神がくださった恵みを数えて意識するところに感謝は生まれる。感謝できないと思われることも感謝できるのは、神を愛する者のために、神はすべてのことを相働かせて益としてくださることに気づくからである。即ち、感謝は信仰から生まれるのである。

著述家の小林正観氏は、朝起きた時100回「ありがとう」と言って「ありがとう」を探すそうである。『「ありがとう」を探そうと思えばいくらでも出来ます。「ありがとう」は単なる英語のThank youではなく、その由来は「有り難し」にあります。息が出来ることも、立って歩くことも、美味しく食事がいただけることも「あたり前」のことではなく、「有り難い」ことです。そんなふうに「ありがとう」を探そうと思えばいくらでも出来ます。そして、「つまんねぇーなぁー」と思いながら生きていると、「つまんねえー」人生になってしまいます。「有り難い」と感謝しながら生きていると「有り難い」人生になります。いつも感謝し、喜んで生きることを心がけて生きていることは出来るし、そうやって生きることの方が幸せです。』

「ああ感謝せん ああ感謝せん ああ我が神 今日まで 導きませり げに主は 我が飼い主 強き手もて 我を守りませり・・」(ヘンデル)との賛美を心の中で絶えず口ずさみたい。