すべての人を一つにしてくださる聖霊

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ペンテコステの日、弟子たちの上に聖霊が降り、主の福音が大胆に語られ、そこに集まった人々が主を信じ、教会が誕生したと使徒言行録2章に記されている。聖霊は、特別な人たちだけに降ったわけではない。「終わりの時に、わたしの霊をすべての人に注ぐ。」使徒言行録2:17と、私たち一人一人にも降るのである。そして「あなたがたの上に聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける。・・・地の果てに至るまで、私の証人となる。」同1:8と主が約束されたように、聖霊降臨によって、聖霊の力を頂いた人々は、主の証人として、世界中の人々に福音を伝えることができる。もし、聖霊降臨という出来事がなければ、私たちの所にまで福音は届けられなかったであろう。

そこには、様々な国の人がいて、様々な言語で福音が語られたが、聖霊の働きによって、皆の心が通じた。それは今日にも言える。聖霊が降る時、生い立ちも性格も考え方も生き方も違う一人一人に、主を信じる信仰が与えられ、その結果、皆の心に一致が生まれる。バベルの塔以来、人と人との心は通じなくなっていたが、ペンテコステの日から、神と人、人と人とが一つに結ばれ、互いに理解し合い、尊重し合う歩みが始まった。聖霊が降る所には、どこでも罪の赦しと和解が生まれる。

聖霊は、たった一人に降ったのではない「五旬祭の日が来て、一同が一つになって集まっていると」同2:1とある。この集まりの上に聖霊が降った。教会がこの集まり(礼拝)を大切にするのは、そこに聖霊が降って、互いの違いを超えて一致することができる。一緒に礼拝を捧げる時、他者との壊れた関係も再び結び合わされ、修復することができる。「すべての人を一つにしてください。」ヨハネ17:21と祈られた主は、「十字架を通して、両者を一つの体として神と和解させ、十字架によって敵意を滅ぼされました。」エフェソ2:16。そのために、神はペンテコステの日に教会を誕生させて、私たちに和解の務めを託してくださった。敵対する者を愛せるのは、聖霊の働きである。

聖霊が降っても、その聖霊の力に与っているとは限らない。霊の実である「愛、喜び、平和、寛容、親切、善意、誠実、柔和、節制」ガラテヤ5:22を結んでない自分を見ることはないか。その時、自分には聖霊がまだ降っていないからだと思い込み、「聖霊、来たれり」と祈ることはないか。しかし、聖霊はすでに私たちの所に来てくださった。だから「聖霊に満たしてください」と祈って、聖霊の導きに従って歩めばよい。聖霊に満たされた時、「愛、喜び、平和」といった霊の実を結ぶ主の証人になれる。