「非日常」を「日常」化させないために

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今日は「母の日」を迎えた。教会の働きから始まった母の日を、上尾教会では毎年、お祝いしてきた。子供たちがお母さんに、教会学校で制作したものをプレゼントして、感謝を表してきた。それが今年は、新型コロナウイルスの影響で、教会学校はお休みとなり、母の日をお祝いするという大切なことが失われようとしていた。しかし、工夫をすればできるのではないかと、アイデアを募ったところ、家庭でお母さんの似顔絵を描いてもらい、それを今日の礼拝でお母さんに差し上げることになった。

今、自粛ムードが続く中で、教会活動が次々と休止に追いやられるという「非日常」の中に身を置いている。しかし、その期間が長くなればなるほど、以前のように教会活動をするという「日常」を取り戻すには、大きな時間とエネルギーが必要になるのではないか。人間は楽な方に流れやすい。面倒なことは、この機会に止めようと思っても不思議ではない。今、「非日常」「日常」化させないために、今まで行ってきた教会活動を工夫をしながら、たんたんと行っていくことの大切さを改めて感じている。

しかし同時に、今まで当たり前のように行ってきた教会活動を休止することによって、見えてくるものがあるのではないか。例えば「教会にとって一番大切なことは何なのか」「本当にこの活動は、教会にとって必要なものなのか」など、「日常」の教会活動の中で何気なく行ってきたことを見直すよい機会になるのではないか。今後、教会がどうなっていくかを見通すことは難しい。しかし、既に学校ではオンライン授業が導入され、企業では在宅勤務が進んでいる。それは、「非日常」「日常」になっていかないために、今までの「日常」とは異なる「新しい日常」が生まれてきているのである。

そのために、ラインホルド・ニーバーの以下の祈りに倣いたい。

「神よ、変えることのできるものについて、それを変えるだけの勇気を私たちに与えてください。変えることのできないものについては、それを受け入れるだけの冷静さを与えてください。そして、変えることのできるものと、変えることのできないものとを、識別する知恵を与えてください。 一日一日を生き、この時をつねに喜びをもって受け入れ、困難は平穏への道として受け入れさせてください。これまでの私の考え方を捨て、イエス・キリストがされたように、この罪深い世界をそのままに受け入れさせてください。あなたのご計画にこの身を委ねれば、あなたが全てを正しくされることを信じています。そして、この人生が小さくとも幸福なものとなり、天国のあなたのもとで永遠の幸福を得ると知っています。アーメン」