「死への準備教育」の必要性

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日本で「死への準備教育」の普及に努め、「死生学」を定着させたアルフォンス・デーケン先生(カトリックの神父)が今月6日、88歳で召天された。先生は、死には4つの側面があると言う。第一に、心理的な死。生きる意欲が一切なくなったら、肉体的に死ぬ前から死んでいる。第二は、社会的な死。人間は、社会との関りがなくなると、独りぼっちになり、社会的な死を招く。第三は、文化的な死。文化的に潤いがなければ、ただ生きているだけであって、人間的に生きているとは言えない。第四は、肉体的な死。医療の進歩により、日本は世界一の長寿国になったが、長生きすることが、必ずしも人間らしく最後まで豊かに生きることにはならない。生涯、健康的に長生きできるように、生き甲斐と潤いのある文化的な生活と、友人との語らい、家族や親戚とも仲良く暮らせるよう努力や工夫を重ねることが大切である。

死は誰にでも必ず訪れる普遍的、かつ絶対的な現実である。私たちは生きている限り、いつかは親しい人の死を体験し、最終的には自らの死に直面する。もちろん、死そのものを事前に経験することはできない。それでも身近なテーマとして自覚し、確実に訪れるその現実を受け入れるための心構えを習得することは誰にでも必要である。デーケン先生は、「日本人は試験前には熱心に準備するが、人生最大の試練と考えられる死に対してだけは全く準備しようとせず、ほとんどの人が何の心構えもないまま死に臨んでいる。」と指摘する。それは、死を忌み嫌うものとして、タブー視してきたからではないか。しかし、「死への準備教育」こそ、よりよく生きるための教育だと言う。死への準備教育は、第一に、時間の大切さを発見できる。第二に、命の尊さを改めて考えられる。死と向き合うことは、限りある時間と命の尊さに気づくことだと言う。

デーケン先生は、様々な危機や価値観の転換に見舞われる中年期を過ぎた時期を、豊かな老いを生きていくための「第3の人生」と呼び、6つの課題を示した。1.過去の肩書きなどを手放し、前向きに生きる。2.人を赦し、わだかまりを残さない。3.自分の人生を支えてくれた多くの人たちに感謝する。4.旅立ちの挨拶をちゃんとしておく。4.遺された人たちに配慮して、適正な遺言状を作成する。自分なりの葬儀方法を考え、周囲に知らせておく。どれも後回しにしてはいないか。神様との出会いは死後の約束ですから、大切な人との再会の希望と喜び、天国の魅力について想います。自分の死について考える時、最後まで人のために役に立つことを希望しています。」そんな生き方を私たちもしたい。