週報巻頭言

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主のところに連れていく

親にとっても、教会にとっても、信仰の継承は切なる願いである。主の救いにあずかり、一緒に御国に行って欲しいからである。しかし、信仰の継承がなかなかうまくいかないことも事実である。「小さい頃は教会に連れて来ていたのに、今ではすっかり行かなくなりました。」と嘆く親のなんと多いことか。信仰の継承がスムーズにいっていたら、日本のクリスチャン人口は増え、教会はもっと成長したであろう。では、なぜ信仰の継承がうまくいかなかったのか。そのヒントは次の主の言葉にある。

「子供たちをわたしのところに来させなさい。妨げてはならない。神の国はこのような者たちのものである。」マルコ10:14。子供たちが近くに来ることを主は強く望まれた。子供たちは主に近づくことで、主から直接教えを受け、信仰が育まれる。私たちの思いで、子供の信仰が育つのではない。ひたすら主に触れることができる環境を作ってあげれば、あとは主が計らってくださる。「子供たちをわたしのところに来させない。」とは、「私が責任をもって子供の信仰を育みます。」との主の強い決意の表れである。

そのために必要なことは何か?それは「共にいる」「共にする」「共にあずかる」ことである。「共にいる」とは、礼拝、祈祷会、教会の交わりの場に共にいること。時々、子供がいたのではゆっくりと御言葉も聞けないので、子供は家においてきましたという方がいるが、これでは子供の信仰は育たない。「共にする」奉仕や献金、伝道を共にする。教会の掃除、チラシ配り、募金など、一緒に奉仕することによって、「神と人に仕える」ことが身につく。「共にあずかる」福音のすばらしさを一緒に味わう。「親子聖書日課」で霊の糧を日々共にいただき、祈り合うなら、「共育」されるだろう。

「子供たちをわたしのところに来させなさい。」のあとにある「妨げてはならない。」という言葉にも注目したい。私たちは様々な障害物をそのまま放置して、子供が主のところに来る環境を悪くしているのではないか。例えば、子供が部活や習い事、受験勉強で疲れているから、礼拝を休ませようとする。それが親の配慮だと思っているとしたら、大間違いである。むしろ、子供たちが主に触れる機会を沢山作ることが、私たちのすべきことである。現代は、子供も忙しく、疲れ、病んでいる時代である。子供たちに、神がおられ、神から愛されていることをしっかり伝えていくなら、子供たちはその愛に気づき、神に仕える人になるのではないか。どんな時にも、子供たちを主のところに連れていく、それが親の務めであり、教会の務めである。

 

神の福音をいかに語ればよいのか

10月20日より、東京バプテスト神学校のライブ授業「信徒のための説教学」が始まった。教室のある茗荷谷教会まで通えない教会からの要望で、初めての試みとして、自分の教会で共同受講ができるようになった。参加教会と人数は、上尾教会5名、前橋教会8名、浦和教会8名、多摩川教会2名、相模中央教会10名である。

パソコンにプロジェクターを繋ぐと、大きな画面になり、本教室と各教会の参加者の授業風景が写し出され、講師や参加者との意見交換もできるので、2時間の授業はほどよい緊張感の中で、あっという間に進んでいく。特に、信徒として説教を聞くという立場から、説教を語るという立場に至る中で、どんな準備が必要である かを講師から学び、参加者から意見を聞けることは得難いことである。来年、2月末まで毎週金曜日の夜の授業が続くので、学びが祝されるように、祈って頂きたい。

丁度、先週の祈祷会では、テサロニケの信徒への手紙一2章を学んだ。そこではパウロが「わたしたちの神に勇気づけられ、激しい苦闘の中であなたがたに神の福音を語った。」2:2と述べていた。この「神の福音」とは、パウロが考え出した新しい福音ではない。天地を造られた神が、独り子であるイエス・キリストの十字架と復活という出来事をもって与えてくださった福音である。時代と共に、その伝え方や表現方法は変わるだろう。しかし、伝えられる神の福音の内容は変わることはない。

この神の福音を語ることが説教であるが、それは必ずしも、人に喜ばれるためではなかった。当時のユダヤ人から見るなら、自分たちが大事にしていた割礼や律法遵守を、救われるための絶対条件ではないと語るパウロの説教は受け入れることができなかった。しかしパウロは、私が伝える神の福音は、「人に喜ばれるためではなく、わたしたちの心を吟味される神に喜んでいただくためです。」2:5と語る。

もちろん、パウロは神の福音を語ればよいと考えたのではない。「わたしたちはあなたがたのことをいとおしく思っていたので、神の福音を伝えるばかりでなく、自分の命さえ喜んで与えたいと願ったほどです。」2:8「自分の命さえ喜んで与えたい」という、この愛がなければ、神の福音といえども相手の心に届くことはない。「母親がその子供を大事に育てるように」2:7、「父親がその子供に対するように、あなたがた一人一人に呼びかけて、神の御心にそって歩むように励まし、慰め、強く勧めたのでした。」2:11-12。忍耐強く子供を育てる両親の愛が、神の福音を語る説教者には求められている。

 

伝道は教会で実を結ぶ

この会堂で最初の礼拝が捧げられたのは、1999年10月31日のことであるから、来週で18年目を迎える。月日の経つのは、本当に早いものである。上尾教会が目指してきた「地域に開かれた教会」が実現していることは嬉しいことである。三井住宅の自治会館は今月末には完成する予定であるが、その建て替えに伴い、約半年間上尾教会が仮集会所になって、毎週、住民の方が教会に入って来られるようになった。それによって、教会に対する敷居が低くなったことは、間違いない。私も住民の方々と随分親しくなり、教会の集会に誘いやすくなった。12月11日には、コーラス「泉の会」の方々と一緒にクリスマスをお祝するので、大いに期待したい。

「伝道は、関係で始まり、愛で育まれ、教会で実を結ぶ。」とよく言われる。まったく面識のない時は、誘っても来てくださらない方が、一度親しくなると、安心して来てくださる。教会員になった皆さんの中にも、親がクリスチャンだった、子供のころ教会学校に行っていた、ミッションスクールに行っていた、という方が多いのではないか。ですから、日頃から関係作りに心がけていきたい。地域の様々な会合に積極的に参加していると、住民の方々がむしろ教会を宣伝してくださったりする。

福音を伝えても、愛がなければ、信仰に導かれることは少ないだろう。だから「むしろ、愛に根ざして真理を語り」エフェソ4:15と、福音の真理を語る上で、愛に根ざすことが必要だと、パウロは語る。この「愛」を、日本人に伝道したキリシタンの宣教師たちは「お大切」と訳した。それは「相手を大切にし、また何よりも神は私たちを大切に思ってくださっている。」という表現であった。一方的に福音を語ってもなかなか伝わらないが、相手の気持ちを大切にして思いやるところに、福音は伝わるのである。「一方通行」の伝道ではなく、共に福音にあずかる「双方向」の伝道を心がけたい。

いつの時代も、伝道は「教会で実を結ぶ」ものである。教会から離れてしまうと、信仰は独りよがりのものになり、豊かな実を結ぶことはできない。「わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。人がわたしにつながっており、わたしもその人につながっていれば、その人は豊かに実を結ぶ。わたしを離れては、あなたがたは何もできないからである。」ヨハネ15:5と主は言われたが、「キリストの体」なる教会につながる時、人ははじめて信仰の実を豊かに結ぶことができる。上尾教会につながって、一緒に豊かな実を結ぶ人が起こされることを期待して、伝道の業に励んでいきたい。

 

私から始める、世界が変わる

2017年世界食料デーのテーマは、「私から始める、世界が変わる・・・考えてみよう、共に生きること」。途上国の過酷な環境の中で生き抜く人々や幼い子どもたちに焦点を当て、人々がそこでいかに生き続けることができるか、そのために私たち一人一人が何をなし得るか、「共に生きる」とは具体的に何を意味するのか、この時少し立ち止まって共に考え、行動を起こしていきたいと願います。

飢餓と貧困に喘ぐ人々の多くは、物質的な欠乏ばかりでなく、人間としての尊厳をも同時に奪われています。人間として生まれてきたにもかかわらず、まるでそれを否定されるような環境や、極度の貧困の中で様々な搾取の対象として虐げの中に突き落とされています。支援活動がチャリティーで終わらないためには、そのような方々が生き続けるだけでなく人間としての尊厳をいかに回復していくかが、今日の課題です。

『飢餓対策ニュース NO.326』 より抜粋

先日、教会に「子ども食堂“でんでん虫”」を畔吉集会所で始められた方が訪ねてこられた。今年5月より毎週火曜日17:00~19:45、子どもたちと一緒に食事を作って食べ、共に過ごすことを目的として活動しておられるとのこと。この「子ども食堂」には、経済的事情で十分な食事を取ることができなかったり、親が働いていて一人で食事をしている子どもたちが20名ぐらい来ているとのこと。上尾市には他に3か所あり、「子ども食堂」はまだまだ必要であるが、ただ場所を提供してくれる所が少なく、自分たちもいつまで畔吉集会所が借りられるかわからないので、「もし教会を使用させてもらえるなら有難いです」という願いもあって、訪ねて来られたのである。

「子ども食堂」については、教会で取り組んでいるところもあると聞く。それは日本でも6人に1人が「貧困状態」にあると言われ、貧困に喘いでいるのは、途上国の子どもたちだけではないからである。貧困は、子どもにも親にも責任があるわけではない。世間では「貧困は親の努力不足だ」と言った「自己責任」論があるが、シングルマザーの世帯では、約65%が年収200万円未満である。子どもの貧困は、日本社会の構造的な問題が、一番弱い立場の子どもたちに投影されたものに過ぎない。

「わたしの兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、わたしにしてくれたことなのである。」マタイ25:40。一度「子ども食堂」を訪ねて、私たちが何をなし得るのかを、祈り求めていきたい。牧師館取得で、教会が広く使えるようになるのであるから・・

石田勝子宣教師の働きのために祈ろう!

本日は、鈴木幸子姉のお姉様、石田勝子宣教師に宣教していただくことになった。毎年、帰国された時は報告会を兼ねて全国の教会で奉仕されているが、水曜日の朝の祈祷会では、上尾教会で一緒に御言葉を分かち合い、祈り合ってくださっているので、いつも「お帰りなさい」「行ってらっしゃい」と言える親しい間柄となっている。

石田宣教師が活動しているコンゴ東部は世界で最も危険な地域とされている。「コンゴで活動する日本人石田勝子さんを応援するサイト」には下記のように記されていた。

現代世界における最悪の紛争地域といわれるコンゴ民主共和国。この国では長い独裁政権が終わった1990年代以来、歴史的な部族対立、金や石油など天然資源をめぐる対立、反政府勢力の武装蜂起、周辺各国の介入などにより激しい紛争が生じ、きわめて不安定な情勢が続いています。1998年からの紛争で540万人が死亡、医療不足が深刻で、9割以上の人々が病気や飢えで亡くなっています。反政府勢力と政府との武力衝突は2009年の停戦合意の後もなくならず、東部地域では今なお殺戮や強姦が横行しているとも言われています。中央政府の統治は東部には十分に及んでおらず、危険と腐敗が甚だしいため、各国政府・大使館、国際機関の支援もほとんど届きません。そんな中、43年間にわたって現地の病院で働いている日本人女性がいます。石田勝子さん、宮城県出身。医療技術を学んでいた20歳の頃、通っていた教会とかかわりのあった宣教師の義弟が1964年のコンゴ動乱のなかで殺害されたのをきっかけにコンゴ(当時ザイール)へ。東部ニャンクンデの福音医療センターで「天職」に出会いました。かつては「コンゴの宝石」と呼ばれた医療センターも、ここ十数年の騒乱と無縁ではいられず、2002年の騒乱では患者・職員が多数殺害され、石田さん自身も2004年に暴漢に襲撃され負傷。それでも自身の「使命」のために仕事を続け、医療検査技術の教官としてこれまでに500人以上の現地人材を育成、同国の医療普及に大きく貢献されています。

そのような事が日常茶飯事である中にあっても、石田宣教師は恐れることなく40年以上とどまり続けて、福音宣教に根差した医療技術者の養成のために命を燃やしておられるその姿は、私たちに深い感動と勇気を与えてくださっている。そこで学んだ学生たちが、クリスチャン看護師としてコンゴ全土に遣わされていくことを願っておられる石田宣教師の尊い働きを覚えて、今後も祈り合っていきたい。

「だから、あなたがたは行って、すべての民をわたしの弟子にしなさい。」マタイ28:19。

青春の日々にこそ、お前の創造主に心を留めよ

今日、少子高齢化に伴い、若者への伝道の必要性がどの教会でも叫ばれている。ネット上には、「生きる意味が分からない」「生きることに疲れた」「明日への希望がない」「この世から消えてしまいたい」「死にたい」などの若者の言葉が氾濫している。今の若者が直面している問題は、「生きる意味の喪失」ではないだろうか。なぜ自分が生きているのかが分からない。生きることへの充足感がなく、何が幸せなのかが分からない。

それは、小・中学生にも見られる。悲しいことに自殺をする子供たちが絶えないが、その原因は「いじめ」だけではない。「学業不振」「親子関係の不和」「入試の悩み」など、「生きづらさ」に原因がある。「強く生きなさい」「しっかりしなさい」といくら励ましても、「生きているのは辛い」と考える子供たちにとっては、それはなんの助けにもならない。生きる方法や術でなく、「生きる意味」をしっかり伝えなければならない。

その答えは、聖書の中にある。「人生」とは、「人が生きる」と書く。ですから、「人とは何か」「人間はどこから来たのか」というその人間の原点に立ち返らない限り、人生の意味も分からない。人間は神によって造られ、生かされている存在であるが、人類の始祖アダムは神の掟を破ってしまった。しかし、神は自分勝手な道を歩んで滅びに向かっている者を憐れみ、ご自分の御子イエス・キリストを救い主として遣わして、十字架で私たち罪人の身代わりに死んでくださった。この神の御子イエス・キリストを自分の救い主と信じる時、人は救われ、永遠の命を受けることができる。

「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。」ヨハネ3:16。

「青春の日々にこそ、お前の創造主に心を留めよ。苦しみの日々が来ないうちに。『年を重ねることに喜びはない』と 言う年齢にならないうちに。」コヘレト12:1。

私は青年時代、山本有三の『路傍の石』の一節、「たったひとりしかない自分を、たった一度しかない一生を、ほんとうに生かさなかったら、人間、生まれてきたかいがないじゃないか。」の言葉が心に残り、たった一度しかない人生、悔いの残らないように生きていきたいと願い、教会の門を叩いた。そして、これらの御言葉に出会い、生きる意味を見い出した。「青春の日々にこそ、お前の創造主に心を留めよ。」このメッセージこそ、今日の教会が若者に伝えるべき言葉である。子や孫にも、伝えていきたい。

召天者に倣う

親しい人たちが次々と亡くなっていき、「年を取ると言うことは寂しいことだ」との声を聞く。確かに、同世代が少なくなるのは寂しいことである。しかし、主を信じる者にとっては、天国での再会の日が近づいていることも確かである。「やがて天にて」という賛美の中に、「やがて天にて喜び楽しまん 君にまみえて勝ち歌を歌わん」とあるが、天国は私たちには想像がつかないほど、「喜び楽しむ所」である。その天国を待ち望むと、死ぬことへの恐れも消えていくのではないか。有名な詩編23篇4節に、「死の陰の谷を行くときも、私は災いを恐れない。あなたが私と共にいてくださる。」とある。主を信じる者にとっては、復活の主が共に歩んでくださることで、死はすでに主によって滅ぼされており、「死の谷」はもはや、「死の陰の谷」にしか過ぎない。

ですから、鈴木正久牧師がガンで余命わずかと知らされた時、「私は『死を待つ』のではなく、『キリストの日』に向かって歩みを進めているのです。」と、天国の希望を語ったのである。上尾教会の墓石には、フィリピ3章20節のみ言葉、「わたしたちの本国は天にあります。」を取って、「我らの国籍は天にあり」と刻んでいる。この世の国籍や故郷は一時的なものだが、私たちの国籍は天にある。なんという特権、なんという祝福ではないか。天に国籍があるかないかの区別がはっきりとする主の再臨の日が、必ずやって来る。その日、主を信じるものはパウロが言うように、「わたしたちの本国は天にあります。」と告白し、天の御国に凱旋することができるのである。

私たちは、今しばらく、この地上を生きて行かなくてはならない。その私たちの道のりにおいて、召天された方々の信仰に倣う必要があるのではないか。パスカルは、「私たちは、天に召された故人から受けたものを、私たちの人生の中に活かすことによって、いわば、故人を自分の内に再び生き返らせることになる。なぜなら、故人の願いが、そのまま私たちの中にあって、今もなお、生きて働いているからだ。」と語る。パウロも「兄弟たち、皆一緒にわたしに倣う者となりなさい。」 フィリピ3:17と語る。それは、自分を誇るのではなく、一方的な主の十字架の贖いによって救われ、福音宣教の戦いに生かされている自分に倣ってくださいと言っているのだ。召天された方々も、「兄弟たち、皆一緒にわたしに倣う者となりなさい。」と同じことを、私たちに語りかけているのではないか。信仰の戦いを立派に戦い抜き、本国である天国に帰って行かれた上尾教会の召天者に倣って、私たちも信仰の歩みを最後まで全うさせて頂きたい。

信仰のおのずから起こるとき

伝道懇談会では、とてもよい話し合いが出来たのではないか。信仰をどのように継承していったらよいのか、沢山の意見が出された。その意見を聞きながら、「伝える」ということと、「伝わる」ということの間には大きな違いがあると感じた。一生懸命、主の福音を伝えているつもりであっても、相手に伝わっているのは、福音の豊かさではなく、親の強引さであったり、一方的な話しであったりする。それが、福音から子供の心を遠ざけていることも確かだ。「お母さん、黙って私の話を聞いてほしいの。答えはいらないわ。聞いてくれるだけでいいの」子供からそう言われて、話すのではなく、聞くことに徹したことがよかったと思う、との発言に共感を覚えた。

「伝わる」ためには、相手を理解することが必要である。それは丁度、日本のリレーが特長とする、「アンダーハンドパス」と同じである。頭ごなしに信仰のバトンを渡すのではなく、相手を理解して下から信仰のバトンを渡すことである。そのためには、待つことが大切である。「愛のおのずから起こるときまでは、ことさらに呼び起こすことも、さますこともしないように。」雅歌2:7(口語訳)とあるが、「愛」「信仰」に言い換えるならば、「信仰のおのずから起こるときまでは、ことさらに呼び起こすことも、さますこともしないように。」となる。信仰は強制されて信じるものではなく、自由で自発的なものである。だから、そうなるまで待つことである。その時が来ると信じて、見守り、待つならば、やがて「おのずから起こるとき」がやってくるであろう。

待つということは、「祈る」ということでもある。「私のたましいは黙って、ただ神を待ち望む。私の救いは神から来る。」詩篇62:1(新改訳)「黙って」とは、単に、何も言わず黙しているということでなく、私のたましいよ、神の内に安息を見いだして、安心しなさい。どんな状況においても、慌てることなく、神にすべてを委ねて、神を信頼し、神を待ち望んで祈りなさい。」ということである。なぜなら、すべての必要、助け、導き、救いは、すべて神から来ると信じるからである。根拠のある大丈夫!である。

私たちは待つことが苦手ではないか。しかし、信仰の継承には、祈って待ち望むことが求められている。信仰は親から子供に財産のように譲り渡して、引き継ぐような性質のものでない。信仰は神の深いみ旨による選びであって、神から与えられる賜物、贈物である。その賜物は、待てば待つほど、大きな喜びとなって返ってくる。「信仰のおのずから起こるとき」がやってくるように、待ち望もうではないか。

「信仰の継承」と「クリスチャンホームの形成」

この2つのテーマについて、本日の伝道懇談会で学び合い、話し合えることを大いに期待している。どちらのテーマにも明快な答えがあるわけではないだろう。「これでいいのかしら」と、主に問いつつ、苦闘しながら、主の導きを求めているのが現状であろう。その思いを分か合い、祈り合うことが伝道懇談会の意義でもある。

「子供は私の手をとっくに離れたので、信仰の継承など今さら無理だ」と思う方がいるかもしれない。しかし、信仰の継承は、必ずしも「親から子へ」ということではない。「子から親へ」とその逆もある。私の母が夫に先立たれ、不安な日々を送っていた時、「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。」マタイ11:28との主の言葉を紹介して、「主にすがるなら、平安が与えられるよ」と伝えた。すると、今まで元気な時には、私の話を聞こうともしなかった母が、80歳の時に主を信じて、バプテスマの恵みに与った。だから、幾つになっても、諦めてはならない。

家族は、私たちの信仰の姿勢をよく見ている。何を大切にし、何を信じているのか、言葉ではなく、行いを見ている。「私たちの中で殆どの者は、まず最初に信仰について考え抜いた上でキリストに対する理性的決断を下してキリスト者になったわけではなく、むしろただ年長者たちを見て育つ中で自然と信仰に導かれたのであって、そのようにして私たちは自分がもっとも重要とみなす価値の殆どを受け継いできた。」ウイリアム・ウィルモン。罪多き者であっても、「自分もあのようになりたい」と、家族から慕われる誠実な信仰生活を送りたい。間違っても、「あのようになりたくない」と言われてはならない。

「信仰の継承」「クリスチャンホームの形成」は、家庭として取り組むだけではなく、教会として取り組むべきことがある。神の家族の一員として、その人に接していくことである。義也の言葉に、「僕は、牧師の家庭に生まれ、五人兄弟の三番目ということもあって、いろいろと気を配る立場にいました。弟であり、兄である自分。でも、教会では、皆秋山義也とし接してくれて、時に怒られ、時に心配され、時に褒められ、本当に愛されて育ってきました。だから、僕は教会が大好きだし、これからも神様に“こんな僕ですが、これからも一生教会に行きますから、どうぞよろしく”と言わせていただきます。」とあった。

思春期には、受験、恋愛・結婚、就職など悩みは尽きないだろう。又、結婚後も夫婦関係や親子関係の悩みなどがあり、真剣に聞いて、共に祈ってくれる人がいたら、どれほど支えられるだろうか。教会の交わりと祈りこそ、欠かせないものである。

忘れてしまわない   武 章子

先週の月曜日、8月の「首相官邸前でゴスペルを歌う会」に出かけてきた。18時から1時間、先月まではまだ薄明るくて、リュックに常備の懐中電灯は出番の無いまま終わっていたが、今回はしょっぱなから何だか薄暗い。でもまだ8月だよね~と思う抵抗も虚しく、30分もすると街灯がつき始め、老眼の目には歌集の文字が判別しにくくなってきた。毎年、17時過ぎても明るいと「日が延びてきた!」とわけもなく嬉しくなり、反対に19時の明るさが陰ってくると「あ~ またどんどん暗くなるのが早くなるんだ」とつまらない気持ちになる。この日はそのつまらなさを今年初めて感じた日となった。次回のゴスペルは確実に懐中電灯の登場だ。

確かに今年も残すところ三分の一となった。そうこうしているうちに2018年の年賀状が発売され、教会ではクリスマスの準備に追われ始めるのだろう。

しかし、まてまて。時の流れは確かに速いがそれに呑み込まれている場合ではない。ゴスペルの会の中で、沖縄から遠く離れて暮らしている私たちが日常の中でどうしたら沖縄を覚えていられるか、いろんな方の工夫を聞いた。さんぴん茶(沖縄のスタンダードなお茶)を飲む、沖縄の新聞を取る、SNSを使って毎日沖縄の最新情報に目を通す…。沖縄問題に留まらず、東日本大震災で津波の起きた時間に腕時計のアラームをセットして、毎日その時間を覚えている方もおられるとのこと。私たち上尾教会でも毎年8月を平和月間とし、毎日曜日いろんな形で、72年前に何が起こってきたのか、今、日本で世界で何が起きているのかを、知り祈る時を持った。

マスコミもこの時期は平和関連の特別番組や記事が多いし、先日の「24時間テレビ」では被災地の今、避難生活の現状が伝えられ、当たり前のように過ぎていく日常の中で、立ち止まり今一度考える機会を与えられた。それはとても大切なことなのだが、季節行事になってしまわぬようにと心のどこかで警鐘が鳴る。共謀罪法も憲法改憲も鳴りを潜めているが、決して無くなったのではないこと、被災地のニュースは殆ど無くなったが理不尽を強いられた人々の心と生活が決して元に戻ったわけではないこと…。日本だけでなく世界に目を向けた時、知ること考えることはもはや個人の範囲を超えてしまうだろう。だからこそなのだ。一人一人の生活の中で「忘れてしまわない」何か小さなことを持ち寄り、その小さなことは繋がり合い、神様の平和を求める祈りとなるようにと願う、9月の始まりである。