週報巻頭言

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実りある伝道懇談会にするには

本日、伝道懇談会を迎えた。私たちに託された伝道の使命を果たしていくためにどうしたらよいか、収穫の主に願いつつ、皆さんで語り合い、知恵を出し合いたい。伝道とは「道を伝える」ことである。主の救いの道を伝えることである。主が私の人生にどれほど大きな救い(十字架の赦しと復活の命)を与えてくださったか、喜びをもって伝えることである。しかし、伝道という言葉は今日の教会ではあまり使われなくなった。かつては2~3日連続で行っていた「伝道集会」も集う人が少なくなり、一日だけの集会になった。それでも伝道は、教会にとって大切な使命である。

「高齢者伝道」・・高齢社会が進む中で、高齢者に対してどのような働きかけが必要か、又、高齢者に協力できることは何か、更に、高齢者としてどのように教会に仕えることができるか等について、それぞれの立場になって話し合ってみたい。三井住宅や第一団地・第二団地は高齢化が最も進み、独り暮らしの方も多い。対話する人を求めたり、病や死の不安を抱えている高齢者も多くおられることだろう。

「親子伝道」・・子どもを主に導くために、子どもに対して、親に対して、どのような働きかけが必要か、話し合ってみたい。親子が一緒に礼拝に出席するために、教会は何ができるか。教会と子育て中の親との話し合いの場は持っているか。子どもたちは周りの大人を見て、自分がどうあるべきかを学ぶ。私たちの信仰姿勢、どんな姿勢で教会生活を送っているか、子どもに見られていることを忘れてはならない。

「青少年伝道」・・現代を生きる青少年は教会に何を求めているのか。そして、教会は青少年に何を求めているのか。私たち教会に青少年の居場所はあるのか。かつて日本の教会は「青年の教会」と言われた。10代、20代の青年が聖書を求め、生きる目的を求めて、教会を訪れ、信仰に導かれた。しかし、今日、様々な問題を抱えて心病む青年が教会を訪ねるケースが多い。主は「御国の福音を宣べ伝え、ありとあらゆる病気や患いをいやされた。」マタイ9:35。心病む青年の居場所に教会はなれないか。

「迎える伝道」・・私たちの教会は地の利の良さから、新来者や外国籍の方も礼拝によく来られるが、どんな思いで来られているのだろうか。又、一回だけの方が多いので、継続して頂くために、どのような取り組みが必要なのか。個人的に親しくなると、集いやすくなるものである。「誰々さんがいてくれたから、安心して来れました」という声をよく聞く。親しくなるためには、どのような事に心がけるとよいのか。

自然災害における教会の対応

今年は日本列島に次々と自然災害が起こり、甚大な被害をもたらしている。6月に大阪府北部地震、7月に西日本豪雨、9月に台風21号と北海道地震、それに加えて命に関わる高温気象。世界にも言えることで、洪水や山火事が、世界のあちこちで起きている。もはや自然災害は、終末時代に生きる私たちには稀なことではなく、日常的なことになり、自然災害における私たち教会の対応が求められている。

丁度、今年発行された『日本バプテスト連盟70年史』の中に「自然災害における教会の対応」という文章があったので、ここに紹介したい。

「毎年、日本各地で様々な災害が起こる。多くの災害は、自然災害でありつつ、人的災害の側面を併せてもつ。日本社会が内包しつつも、人々の目に隠されている様々な歪み、矛盾、不正義を災害はあぶりだし、教会を問う。災害のただ中で、教会は自らの存在意義を聖書からどのように聴き取り、どのような宣教理解に立って、被災者の痛みや悲しみを背負い生きる人々を支援するのか。何を祈り求めて共に歩むのか。災害支援の取り組みを通して、日本バプテスト連盟諸教会は福音の内実の問い直しを受けてきたといえる。」

また「“支援と伝道”を巡る問い」という文書には、こう記されていた。「被災地の教会が直面している課題の一つに“支援と伝道をどう考えるか”という課題がある。支援に携わる一部の人々から“支援は伝道の手段である”という理解が提起された時、現地支援委員会は“支援を伝道の手段とすべきではない”というスタンスに立って活動をした。例えば“炊き出しと一緒に聖書を配るべきだ”という理解に対して、被災の中にある人々に“支援と取引をするような伝道”は厳に慎むべきという理解に立ったのである。“バプテスト”(キリスト者)という看板を隠すことはしないが、支援の場は支援に徹し、人と人との関係が深まる中で相手から求められた時に“信仰を証しする”スタンスである。そこでは“被災者をどう見るか”という視点が問われた。“かわいそうな人、福音を必要としている人”と見なし、自分は“福音を提供し、助けてあげる人”という理解に立つのではなく、現地支援委員会では“被災者は、今まで自分たちが見えていなかった課題を見えるように、聴くことができずにいた声を聴くように促し、導いてくれる存在であり、私自身の福音理解を問い直し、教会が取り組むべき課題を指し示してくれる大切な存在”という理解へと導かれたのである。」

私たちは神の声を聴くと共に、被災者の声を聴くことが求められている。相手の心に寄り添い、相手の願うことを祈り求めることが「主の愛に生きる教会」ではないか。

平和な世界が一番   教会員

今年の3月から7月まで、私はドイツのビーレフェルトという街に留学していました。私が住んでいた寮にはヨーロッパを中心に世界中の国々から来た留学生が住んでいて、よく誰かの部屋や屋上に集まってはいろんな話をしました。ヨーロッパだからとかアジアだからとか、黒人だからとか白人だからとか、そういった地域や人種による差別はこの環境の中ではほとんど感じることがありませんでした。誰でもこのコミュニティの中では対等に話せる環境でした;。

一方で街に出ると時々腑に落ちないこともありました。これはヨーロッパではよくある話だそうですが、中国・韓国・日本などの東アジアの人がことごとく「ニーハオ」と声をかけられるのです。もちろん中国人に間違われるのが嫌だというわけでは決してありません。何が不快だったかというと、そうやって声をかけてくる人の多くが何やらニヤニヤしながら話しかけてくることです。もちろん中には友好的に「ニーハオ」と声をかけてくれる人もいますが、大半はちょっと馬鹿にしたような口調なのです。こんなことがあまりに何度も起こると、「ああここの人たちはアジア人を馬鹿にしているのかな」と思えてしまいます。

でもそういう人は私が向こうの大学で出会った人たちの中にはいませんでした。

考えてみれば、実際に会話をして仲良くなる中で面と向かって人種を当てに他人を馬鹿にするなんてことは、余程の人でないと出来ません。多くの場合、その国の人と良い出会い方をすれば、その人たちを馬鹿にしようとは思わなくなるのです。逆にあの馬鹿にしてきた人たちは、まだアジアの人と良い出会い方をしていないのかな、とちょっと寂しくなりました。

国同士の関係はこれまた別で、様々な利害が重なって複雑なものになってしまいがちです。しかしそんな国同士でも、個々で出会うと全然仲良くなれたりするものです。私が留学中に出会った人たちの中には、一般的なイメージで言うと「仲の悪い」国同士の出身の人もいました。でもそういう人たちも、大学や寮で会う中で「あの人はあの国出身だから仲良くなれない」なんて聞いたことがありません。むしろよく話すし、良好な関係を築いていました。個々の関係と国同士の関係。国同士も個々で会う時と同じくらい単純ならいいのに、と思ってしまいます。そして逆に国同士の関係が悪くなりすぎてしまったら、それが例えば戦争にまで発展してしまったら。個々に良好な関係を築いてる人たちからしたら、そんなのひどすぎるし迷惑千万な話です。

そのように考えた時、やっぱり平和な世の中が一番だな、と思います。平和な世の中。個々の国を超えた良好な関係が国同士の利害のせいで壊されたりなんかしないように。世界中にいる大好きな友達たちとこれからも笑って会えるように。やっぱり、平和な世界が一番。

 深い反省          教会員

8月15日、終戦の日を迎えました。来年からは新しい年号となるため、今年は平成最後の終戦の日となりました。私の職場でも12時に黙祷の放送があり、一時手をとめ黙祷に伏しました。戦後73年が経ち、戦争を体験された方からお話を聞くことが段々と難しくなります。私たちの世代が、先の戦争の話しを聞くことができる最後の世代かもしれないと思うと、戦争の悲惨さや平和への思いを次の世代に引き継いでいかなくてはいけない使命があります。

東京で開かれた全国戦没者追悼式における天皇のことばの中に「深い反省」という言葉があり、クリスチャンとして、とても共感を覚えました。戦時下で日本が行ってきたひどい行為に対する、日本の謝罪が十分でない中、真摯にその罪と向き合い、本当の悔い改めが必要であると思います。

しかし、安倍首相の式辞には「今日の平和と繁栄が、戦没者の皆様の尊い犠牲の上に築かれたものであることを、私たちは片時たりとも忘れません。改めて、衷心より、敬意と感謝の念をささげます。」という一文がありました。戦争で亡くなった方々に対しては、哀しみや申し訳ないと思う気持ちはありますが、日本のために尽くしてくれた事に対して敬意と感謝をするという言葉には違和感を覚えました。

同日、靖国神社には「みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会」50人の国会議員の参加がありました。政党別の内訳は自民党48人、日本維新の会1人、希望の党1人。日本の第一与党が靖国神社を崇拝する姿に、戦争という行為を正当化しようとする思惑が感じ取られ、危機感を覚えます。

天皇と首相の言葉の中には、平和を願う言葉がいくつもありました。その平和の思いが、日本や一部の人のことだけでなく、沖縄の基地問題や福島の原発問題などで苦しむ人や弱い立場にいる人、戦争で被害を受けた国々の人々、さらには、日本がこれから争うことになるかもしれない者にも向けられることを祈ります。

「わたしは神が宣言なさるのを聞きます。主は平和を宣言されます。御自分の民に、主の慈しみに生きる人々に彼らが愚かなふるまいに戻らないように。」詩編85:9

平和をつくる人に       教会員

ある女性が「世界平和のために私は何をしたらよいでしょうか?」とマザーテレサに尋ねました。答えは、「家に帰ってあなたの家族にやさしくしてあげなさい。」だったそうです。一人一人が最も身近なところから平和の種まきをしなければならないのです。

看護師として、患者さんの不機嫌やわがままに腹を立てずやさしく接することはそう難しくありません。でも夫の不機嫌やわがままに寛容でいることは心底難しい!

この違いは何だろうと考えました。患者さんに腹が立たないのは、「無理もない」と思えるからです。体と心に苦痛があったら不機嫌もわがままも無理ないと思えます。でも自分の家族には、その態度間違ってる!と私は判断しているのです。そんな時、私に語りかけるかすかな声があります。イエス様が言われた、「わたしがあなたがたを愛したように、互いに愛し合いなさい。」ヨハネ15:12という言葉です。「隣人を自分のように愛しなさい。」マルコ12:31という律法のさらに上の要求です!でもこれこそが、「平和」を実現する秘訣なのでしょう。

イエス様は、父なる神が見ているすべてを共に見ていたので、取るべきでない態度の裏にある「無理もない理由」が、見えていたのだと思います。ですから、ご自身を十字架にかけた人間のことを、「父よ、彼らをお赦しください。自分が何をしているのか知らないのです。」ルカ23:34と、祈ることができたのでしょう。

ビリー・グラハムは著書『幸福の秘訣』で、「私たちが神との平和を持つまで地球上に真の平和はやってこない。」と言っています。「実に、キリストは私たちの平和であります。」エフェソ2:14。イエス様は平和を愛した方ではなく、神であるその地位と命を捨てて、神と人との間に平和を創った方です。もう二千年も前に平和は創られていたのに、世界で、地域で、家庭で、未だ争いが絶えないのはなぜでしょう?小説『神の小屋』の中で、聖霊は主人公マックにこう言います。「数えきれないほどの人間がそれぞれ善と悪を決める。だからあなたの善悪の基準が隣人のそれと対立する場合には口論や争いが起こり、時にはそれが戦争にまで発展する。」

神様が見ているように物事を見せてください、と祈ります。それができるようにと、イエス様は十字架にかかってくださったのです。そして私たちのその言葉、その行動は、平和をつくりだす?といつも問うて、聖霊が示す方を選び取りましょうね。「平和を願って、これを追い求めよ。」1ペトロ3:11

次代に伝えたいメッセージ     教会員

先日、富山に行った。祖父が緊急入院したためだ。現在、祖母と二人暮らし。二人とも90歳を超えている上、近い親戚がそばにいないため、入院手続き等でこうして病院から呼ばれるのである。祖父はだいぶ記憶力も衰えてきた気がするが、戦争の経験は強烈だったようで、事あるたびに戦争の話を持ち出してくる。成績・体力優秀であったため通信兵として選別され、中国に出兵し、暗号の解読に従事し、勇敢に戦っていた云々。その一方で軍事活動に従事中に急襲にあって何人かの同僚を亡くしたそうだ。

終戦後、祖父は中国語を独学で習得し、中国に住む人と文通交流している。普段は平和や命の大切さなどは口には出さないが、文通した手紙には先の大戦の懺悔と平和の誓いが記されていた。

第二次世界大戦後に、現在の日本国憲法が施行された。その後、日本国憲法は一文字も変更されていないが、常に第9条の解釈を変える動きがある。憲法で戦争を放棄したが、国際法で認められている自衛権は保持という解釈のもと、政府は自衛のための必要最小限度の実力をもつ自衛隊は憲法で持つことが禁じられた戦力ではないとの立場をとり、軍隊でも警察でもない国防を主な任務とする組織ができた。またイラク戦争後の復興支援に携わるため、戦闘が起きる可能性のない「非戦闘地域」という理屈を持ちだした。直近では、集団的自衛権を一部とはいえ行使できる、と9条解釈を変更した。政府は軍事用語をなるべく使わず、歩兵を普通科、軍艦を護衛艦などと呼ぶが、だれがどう見ても自衛隊は軍隊である。それならいっそのこと自衛隊の存在を9条に明記してしまえという動きもみられる。もはやそこには、戦争への悔いと大きな反省のもとに作られた憲法の崇高な理念と平和への希求が見られない。

憲法の前文には次のように記されている。「われらとわれらの子孫のために(中略)、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。」

人を国籍によって判断せず、武力に解決を求めない、平和な社会を実現していくために、先人たちの平和の思いを受け継ぐと共に、平和を追求する心を次代に伝えていきたい。「平和を実現する人々は、幸いである。」マタイによる福音書5章9節

平和へのヒント        教会員

本日午後、沖縄の日本基督教団佐敷教会牧師 平良修先生の平和運動を取り上げたTV番組「イエスと歩む沖縄」が上映される。計らずも今日の巻頭言は、その平良先生のお連れ合いである悦美さんの事を書こうと思う。悦美さんはちょうど一年前、辺野古のゲート前で「全基地撤去せよ」のボードを持って座っていた時、車の事故に遭った。両足5ヶ所骨折という重傷を負いながらも平和運動への熱意は衰えることなく、半年後にはまた辺野古での行動に復帰された。そして今なお精力的に座り込み活動をし、沖縄を守る戦いを続けておられる。そんな悦美さんが、実は何とも愉快なのである。これは、先月の「首相官邸前でゴスペルを歌う会」でご子息の愛香牧師から伺った母・悦美さんのエピソードである。

その日も座り込みの市民に対して機動隊によるごぼう抜きが始まった。(ごぼう抜きとは、工事車両を通すため、道路に座っている人々を機動隊が抱えて他の場所へ移動させることである。)機動隊員が悦美さんを抱え上げようとした時「まだね、骨がくっついてないからそぉーっとね!」と言うと機動隊員はそぉーっと悦美さんを抱えて移動させ、そぉーっと降ろしていったのだそうだ。また愛香先生に「これはもう母の趣味」と言わしめるのは機動隊の人に話しかけること。威圧的に真正面に立っている時は黙っているしかないのだが、悦美さんがそっと横に立って「暑いねぇ。水分取ってる?」とか「お金もらってるんだから一所懸命お仕事して、てきとーにサボりなさいねぇ」と話しかけると、彼らはしかめっ面のまま「はい」と返事をするのだそうだ。「間違えてはいけない。私たちは機動隊員と戦っているのではないよ。」悦美さんは息子の愛香先生にそう語られる。

ある日悦美さんは、機動隊員の中に、あの事故の日道路で動けなくなっている悦美さんを安全な場所へ運んでくれた青年を見つけた。早速「私を覚えてる?」と話しかけると彼はやはり表情を崩すことなく「はい」と返事をしたと言う。対立感情があって当然の状況で、悦美さんの心の垣根の無さに驚く。きっと話しかけられた機動隊員らもびっくりして思わず返事をしたのだろう。また、悦美さんは事故後、たくさんの「祈っています」のメッセージに「骨折はいずれ治る、私の快復を祈るくらいなら沖縄の解放を祈ってほしい。」とおっしゃっていたそうだ。

主に祈り求めるこのブレの無さ、そして心の垣根の無さ。この二つの中に平和への大切なヒントが隠れている気がするのである。

牧会30年の恵み

来月、早いもので上尾教会に赴任して、30年を迎える。その間主から頂いた恵みは尽きないが、その中でも忘れられない恵みがある。それは、献児式に始まり、結婚式、葬儀式と、人生の節目節目に関わることができたことである。中には、献児式をした幼子が成長して、結婚式を挙げ、その家庭に子どもが与えられると、また献児式を行うという恵みに与った。一世代は30年とよく言われるが、二世代に亘って、神の祝福を見ることができたことは、感無量である。

「神の家族」が与えられたことも大きな恵みである。主を信じて、バプテスマを受けた方、また他の教会から転入会した方と、一緒に教会を建て上げ、信仰を支え合い、よき交わりを続けることができた。近い隣人は遠い兄弟にまさる。」箴言27:10とあるが、まさに自分の家族以上に親しくなり、辛い時、悲しい時、苦しい時に寄り添ってくれたのも神の家族である。核家族が進む中、幼児から高齢者まで毎週神の宮である教会で一緒に過ごせる神の家族とは、なんと心強い存在であろう。

「御言葉と祈りの共同体」として歩むことができたことも大きな恵みにある。30年前から始めた「親子聖書日課」に実に多くの方が励んでくださっている。毎日、同じ御言葉を聴くことによって、主の御心が各自に示され、心一つになって歩むことができた。もし、御言葉を一緒に聴くことがなければ、自分勝手に歩んでしまったであろう。主は御言葉を通して私たちに語りかけ、私たちは祈りを通して主に語りかけるので、「わたしの言葉があなたがたの内にいつもあるならば、望むものを何でも願いなさい。そうすればかなえられる。」ヨハネ15:7ことを確かに経験することができた。

「会堂」「牧師館」が与えられたことも大きな恵みである。旧会堂は32坪の土地に一階は会堂、二階は牧師館であった。扇風機しかなかった会堂で今も礼拝を献げているとしたら、今年のような酷暑は熱中症で倒れる人が続出したのではないか、また奥まって目立たない所に建っていたので、伝道はますます困難であったことを思うと、この三井住宅の交差点前という最高の場所に19年前に会堂を建てて本当によかったと思う。そして、今年「牧師館」が与えられたことも、長年の夢が叶って、主が私たちの祈りに応えてくださったことに感謝したい。100名入る会堂が満ち溢れるように、また開拓伝道の幻に具体的な道が開かれるように、祈りを合わせていきたい。主はいつの日か叶えてくださると信じて、期待して歩んでいきたい。

病気であっても、病人ではない

今年の夏は、厳しい暑さが続き、健康な人でも身に応えるので、病を患っている人には、どれほど辛い毎日であろう。室内でも熱中症になるので、こまめに水分を取り、無理な運動は避け、エアコンや扇風機で気温や湿度の上昇を抑えることが大事である。朝起きた時と寝る前に、一杯の水を飲むだけでも脱水症状を防ぎ、心筋梗塞や脳梗塞を防ぐことができると言われているので、是非、試みていただきたい。

私たちは、「主の祈り」の中で、「我らを試みにあわせず、悪より救い出したまえ」と絶えず祈りを捧げていても、病を患い、死に至ることもある。キリスト教は、「ご利益宗教」ではない。「神様、私の病気を治してください。家族の病気を治してください。」と祈っても、祈りが叶わぬこともある。主を信じ、主に祈るなら病気が治るとは、聖書には書かれていない。信仰とは、病気を治すものではなく、病気がもたらす痛みや苦しみに耐える力、即ち「忍耐力」「希望」を養わせるものである。「忍耐は練達を、練達は希望を生むということを。希望はわたしたちを欺くことがありません。わたしたちに与えられた聖霊によって、神の愛がわたしたちの心に注がれているからです。」ローマ5:4-5。「聖霊」とは、「助け主」のことで、主が十字架に掛られて昇天する時に私たちに与えられたのである。つまり、神の愛とは私たちが苦しい時、忍耐と希望を持つことができるようにと、「助け主」として与えられたのである。私たちは、病が治るように必死で祈るが、もし病が治らなくても、それを神の御心として受け入れ、その病に耐える力と復活の希望を与えてくださいと、祈ることができることは感謝である。

10月の「泉のほとり」にお招きする樋野興夫医師は、これまで千組以上のがん患者や家族と対話してきた経験から、「病気は誰でも起る。病気であっても、病人ではない社会を作る必要がある。病人は自分が病人だと思うから病人になる。」と含蓄ある言葉を語っておられた。自分も相手も病人扱いしない、むしろ、病気であっても、本人にできることがあることに気づくことが大切である。丁度、先週施設に入っておられる方を訪問した。最初はご自分の体の痛みを訴えておられたが、教会に来られる方々の現況をお話しすると、「私よりももっと重い症状なんですね。お祈りしなければ…」と言われ、「何だか、自分の体の痛みも忘れました。」と帰る頃には言われた。病人にならないためには、訪問して対話することの大切さを感じた。そして、神は最後に一番よい仕事を残してくださる。それは祈りだ。」という言葉を見出すことができた。

他者のために存在する教会になりたい

西日本の広い範囲を襲った豪雨によって、様々な地域に甚大な被害が出ている。家族や家を失った方々、避難所での生活を送らざるを得ない方々の悲しみと不安に思いを寄せ、主の慰めと支えを心から祈りたい。また、中四国連合内の教会においても被害が出ている。愛媛の八幡浜教会は床上浸水、雨漏り、クーラー室外機破損、高知伊勢崎教会・岡山教会は雨漏り、福山教会は床下浸水、呉教会は雨漏れと道が分断され、移動がままならないとのこと。教会が復旧され、安心して礼拝が捧げられるよう、心から祈りたい。また、私たちにできる支援をしていきたい。

上尾教会が建つ三井住宅は、水害の被害は想定しなくてもよいと防災講演会で伺った。しかし、大地震には今から備えておく必要がある。三井住宅では、東日本大震災以後、自主防災会を立ちあげ、秋山純子さんが委員として当初から関わっている。災害が起きた時は、「自助・共助・公助」の連携が大事であるが、その中でも特に、「共助(近所)」が、いざという時は大きな力を発揮する。そのためには、日頃から、ご近所の方と顔を合わせ、声を掛け合っておくことが大切である。ご近所の方に「大丈夫ですか?」と声をかけ、安否確認をする、これを日頃の防災訓練でも行うようになったので、ご近所の方と親しくなったことは確かである。そんな中で、「何かあった時は、頑丈な上尾教会に避難してよいかしら」という声を聞くようになったり、「教会の駐車場が足りない」と話すと、「うちの駐車場を使ってください」と提供してくださる方が現れたり、ご近所の方に親しまれる教会になってきたと思う。

「教会が教会であるのは、それが他者のために存在する時だ。」と語っていたボンヘッファーの言葉を思い出す。しかし同時に、ある画家が現代の教会を風刺して描いた、「教会の周りは火の海となって、人々が苦しみ悶えて死んでいっているのに、教会の中にいる人々は、まったく気にも留めず、自分たちだけで楽しんでいる。」そんな絵を思い出す。私たちの教会はどうだろうか。自分たちのことだけに関心を払ってはいないだろうか。今年度の聖句「心を尽くし、精神を尽くし、力を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい、また、隣人を自分のように愛しなさい。ルカによる福音書10章27節」を毎週の礼拝で唱えているが、私たちはどれほど「主を愛し、また、隣人を自分のように愛しているだろうか。」悲しんでいる人、苦しんでいる人、傷ついている人、が私たちの周りにもたくさんおられる。他者のために存在する教会に私たちもなりたい。