週報巻頭言

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「内なる人」は日々新たにされていく

辛い時、苦しい時、ユーモアが明るさをもたらすことをホスピス医の柏木哲夫先生が語っていた。柏木先生が回診の時、患者さんに「体調はいかがですか」と尋ねたところ、「先生、順調に衰えています」と応えられたのを聞いて、その場が急に和らいだとのこと。この患者さんが、日に日に衰えていくことを拒絶するのでなく、「順調」という言葉で表したように、受容していくことが、実は私たちにも求められているのではないか。誰しも遅かれ早かれ「順調」に衰えていくからである。年を取っていくと、体力も気力も能力も衰えていく。目が見えにくくなり、耳が聞こえにくくなり、体の自由がきかなくなる。また調子の悪いところが出てくる。時には大変重い病気を患う。そして体が弱ると共に、これから先の生活が不安になり、心細さを感じていく。

しかし、パウロはユーモアをもって希望を語る。“たとえ、わたしたちの「外なる人」は衰えていくとしても、わたしたちの「内なる人」は日々新たにされていきます。”Ⅱコリント4:18。この「内なる人」とは、キリストによってもたらされた永遠の命によって、日々新たに」リフレッシュされ、充実し、喜びに満たされていく人のことである。私たちの体は確かに日々衰えていくが、主が心を日々新しくしてくださるので、“だから、わたしたちは落胆しません。”同4:18と言い切って、生活を始めることができるのである。

鈴木正久牧師は、癌を患い、56歳で召される直前、「自分は今、死に向かっているのではない、キリスト・イエスの日に向かっているのだ。」と言われ、それを録音テープにこう残された。「使徒パウロは、自分自身の肉体の死を前にしながら、喜びに溢れて、フィリピの信徒に語りかけているのです。パウロは、生涯の目標というものを自分の死の時と考えていません。そうではなくて、それを越えてイエス・キリストに出会う日、キリスト・イエスの日と述べています。それが本当の『明日』なのです。本当に輝かしい明日なのです。そのことが、今まで頭の中で分かっていたはずなんですけれども、何か全く新しいことのように分かってきました。聖書というものがこんなに命に溢れた力強いものだということを、私は今までの生涯で初めて感じたくらいに今感じています。」

私たちは「死に向かっている」と思う時、希望を失う。しかし、キリスト・イエスの日に向かっている」と確信する時、衰えることにも感謝でき、御国で主にお会いできるという新たな希望が与えられる。私たちは自分の力では日々新たになることはできないが、主を信じて生きる時、日々新たにされていくのである。なんと幸いなことか。

どこに安心プランがあるのか

「 公的年金だけでは十分ではない、老後30年間で2000万円の貯金が必要になる」と指摘した金融庁審議会の報告書が不安を煽っている。否、2000万円でも足りないという意見まで飛び交う。政府が「年金100年安心プラン」と唱えてきたことが、嘘だったのかと憤りを感じる。では、貯金が幾らあれば安心なのか、これについて考える時、トルストイの書いた『人にはどれだけの土地がいるか』という物語を思い出した。

主人公であるパホームは、貧しい農夫だったが段々と成功していく。そして、最後には広大な土地を非常に安い値段で買えるという話を聞き、遠路はるばるその地にやって来た。但し、それは夜明けから日没までに、スタート地点に戻って来なければ、土地を得ることはできず、金も没収されてしまう。パホームは、死に物狂いで走り続け、スタート地点にやっと辿り着いた。しかし、彼はそこで倒れ、息絶えた。彼はそこで2m四方の土地に埋められ、人生を終えた。お墓を掘った人は言った。「人にはどれだけの土地が必要なんだろうか」結局のところ、本当に必要だった土地は広い土地ではなくて、自分のお墓にする小さな土地だった、という話である。

主人公のパホームは、命に目を向けていなかった。土地という財産にだけ目を向けていた。だから命に必要ないような広い土地まで欲しがった。最初は土地を持たずに人の土地で働くことに満足していたのに。貪欲の結果はそのように愚かな結末に至る。命に目を向けていない時には、人は必要のないものまで欲しがる。しかし、命に必要のないものまで欲しがるということは、誰にでも当てはまるのではないか。

だから主は言われた。「有り余るほど物を持っていても、人の命は財産によってどうすることもできないからである。」「愚かな者よ、今夜、お前の命は取り上げられる。お前が用意した物は、いったいだれのものになるのか。」ルカ12:15-20。人の命は、その人が持っているものによって決定されるのではない。私たちの命は、神の主権の下にある。だとしたら、私たちの目指すべきことは、「神の前に豊かになる」12:21ことである。 これは、神との関係を豊かにすることである。老後のために貯金すること自体は悪いことではない。ただ神との関係が豊かにならなければ、「愚かな金持ち」のように、幾ら貯金を蓄えても、不安に怯えながら生きることになる。私たちがそうならないように、平安に生きていくことができるように、主は私たちの下に来てくださった。たとえ、今夜、私たちの命が取り去られても、神の前に豊かに生きようではないか。

私たちの心の中にある部落差別

「部落」とは、単に地方の村や町、集落のことを指す呼称ではなく、東北から九州に至るまで全国各地において、都市、町、農村、漁村を問わず、ある特定の差別意識によって差別された集落のことを言う。部落差別の起源は16世紀末からの封建的身分制度によるものであると言われているが、江戸時代における士農工商による差別によって制度として確立した。その頃、部落の人々は、士農工商の下に位置する「えた、非人」という差別的蔑称で呼ばれ、と場で牛や豚の肉を作り出す仕事などをした。

連盟では「部落問題特別委員会」を1981年から立ち上げ、「被差別者の立場に終始立ち切られたイエスを主と仰ぐ私たちキリスト者にとって、部落差別への無関心を差別への加担・罪としてとらえ、この課題への深い関わりを持つことが主のみ旨であり、差別問題解決のため、その戦いの先頭に立つことが福音の証しである」とする基本理念の下で、部落差別問題に取り組んできた。それは教会の中においても部落差別の問題があり、差別の問題は信仰の問題でもある。被差別部落出身者と主の晩餐の杯を一緒にしたくないと拒否することや、「部落と呼ばれてガラが悪い人が来ると教会が混乱するので、その地域には教会案内を配らなくてもよい」などの差別を公然と行ったこともあった。

この部落差別で深刻なのは結婚や就職の時に起こることである。結婚では差別によって自死した人もいた。就職も身元調査をして被差別部落出身だと分かると採用しない会社がある。「部落出身だということを死ぬまで誰にも言ってはいけない」と親は子供に教えなくてはならないほど辛いことはない。部落差別は明らかに人権侵害である。部落差別は、自然になくなると思っている間はなくならない。部落差別についての無理解は、差別された側にとって命に関わるほどのことであるのに、差別する側は自分の加害の結果について、相手の痛みについて、殆どわからない点にある。

このような差別に対して私たちはどう対処したらよいのか。主は当時、差別され排除されていた罪人・徴税人などと一緒に食事をし、病人・障がい者を癒し、共に歩み共に生きられた。主は偏見と差別をなくそうとされた。そして、差別の根源である罪を担い、その罪から解放された道を開かれた。「あなたがたは皆、信仰により、キリスト・イエスに結ばれて神の子なのです。」ガラテヤ3:26。この世の人はすべて罪赦された神の子である。私たちはすべての人を尊重しながら生きる者とされた。私たちの心の中にある部落差別に気づくためにも、部落差別の実態を学んでいきたい。

沖縄(命(ぬち)どぅ宝)の日

6月23日は「沖縄(命どぅ宝)の日」である。以下の事を私たちの祈りとして捧げたい。

*沖縄を国外と位置づけ、沖縄の苦しみ・悲しみ・痛みに思いが至らなかったことを悔い改めます。 (連盟から戦後、調宣教師夫妻を「国外伝道」として沖縄に派遣した。)

*沖縄の歴史を学び、「二度と戦争を起こさない誓い」を新たにします。

*沖縄バプテスト連盟女性会・教会の交わりを深め、共に福音を担う活動を展開します。

*沖縄の組織的地上戦が終結した日と言われる6月23日は、死者を悼み非戦を誓います。

昨年お招きした神谷武宏先生は、「命こそ宝」の意味ついて下記のように語られた。

「命こそ宝」は、琉球の政治家「蔡温」(1682~1762)の影響がもっとも大きい。彼は政治家・三司官の一人で当時の河川工事や山林の保護などに大きく貢献した。その中でも琉球の政治的思想に大きな影響を与えた。彼が残した言葉に「何ものにも勝って命こそが大切である。他のすべてのものは失っても取り戻すことができるが、命だけは取り戻すことができない。何よりも命を大切にすべきである。」この言葉は、琉球の大事な思想の一つに上げられた。この思想の中には、戦争をするということは、まったく想定していない。

1853年にペリー米国艦隊が琉球国に上陸した時の絵がある。200人余りの海兵隊を率いて首里城を強行訪問。米軍側は銃剣を肩に掛け、サーベルを腰に差しているが、琉球側は何にも持っていない。琉球側に武装する、争いをする、戦争をするという行為はない。

1879年、日本国明治政府による「琉球処分」。この「処分」という言葉に日本の琉球に対する姿勢が如実に現れている。何を持って「処分」か。あくまでもヤマトの視点に立った言葉でしかない。日本は300名余の軍隊と160名余の警察官をもって琉球を制圧した。ここで琉球は、日本軍との大規模な軍事衝突は起きない。何故か?それは、琉球が軍備を保持していない国であったからである。この時、琉球国最後の王であった尚泰王が首里城を明け渡すのには大きな理由があった。祖国が滅びるにあたって、血を流して戦う若者がいた。わずかな武器を取り出して戦う若者がいた。これ以上、命を粗末にしてはいけないとしての行動であった。その歴史が背景となって後に琉歌「命こそ宝」が生まれる。

“戦(いく)さ世(ゆ)んしまち みるく世ややがてぃ嘆くなよ臣下(しんか) 命(ぬち)どぅ宝”

戦争の世は終った 平和で豊かな世がやって来る 嘆くなよ、おまえたち 命こそ宝。

琉球国が滅びる中で、国は滅びても人の命に勝るものはないという、琉球人の知恵、先人の教えがここにある。この琉球の歴史は、聖書の教えと重なるように思う。

 

ありのままで率直に生きなさい

父の日は、母の日と同じように教会から始まった。今から100年以上前、米国ワシントン州に、男手一つで6人の子供を育て上げた父親を想い、娘の一人であるソノラ・スマート・ドッドさんが、母の日と同様に父の日も設けてほしいと教会に提案し、6月に父の日礼拝を開いてもらったことがきっかけだと言われる。6月というのは父親の誕生月だったそうだ。戦後、この習慣は日本にまで広まった。

インターネットに「理想の父親ランキング]というのがあった。一位はタレントのつるの剛士さん、2位はお笑いコンビ「FUJIWARA」の藤本敏史さん、3位はアイドルグループ「V6」の井ノ原快彦さん。彼らに共通するのは、家族を大事にし、家事・育児に励み、ユーモアのセンスがあること。昔ながらの頑固一徹、家事・育児は母親に任せ、仕事を取る、そんな父親は現代では敬遠されるようだ。

父親に対する御言葉が2つ思い浮かぶ。一つは、「父親たち、子供を怒らせてはなりません。主がしつけ諭されるように、育てなさい。」エフェソ6:4。もう一つは、「父親たち、子供をいらだたせてはならない。いじけるといけないからです。」コロサイ3:21。母親が子供に対してこのように書かれている御言葉はないので、恐らく父親は子供に対して厳しすぎるからではないか。父親が子供を叱る時、その真意が子供には伝わらずに、ただ厳しい父親の姿しか映らず、子供を怒らせたり、いらだたせたりするからだと思う。私も感情的になって叱り、「なぜ、あの時、叱られたのかわからない」と子供から言われたことがあった。そんな親のパワハラが、子供の心を萎縮させ、傷つけるのである。

むしろ、「主がしつけ諭されるように、育てなさい。」とある。口語訳では、「主の薫陶と訓戒とによって、彼らを育てなさい。」とあった。今日、「薫陶」という言葉を用いなくなったが、とても素晴らしい言葉だと思う。元々は陶器の世界で用いられた。香を焚いて香りを移し、粘土を焼いて陶器を作り上げる。そこから優れた人格の香で感化し、優れた人間を育てるという意味になった。主の香を受けて、私たちも主の香りを放つ者へとしつけられるのである。又、「いらだたせる」という言葉は、「過大な要求をする」という意味である。わが子に対して、過大な要求をすることはないか。子供に夢を抱くことはよいが、夢を押し付けてはならない。「よい学校に入れ」「よい仕事に付け」と、過大な要求をする時、子供はそのプレッシャーで押し潰されていく。私たちは神の作品として造られたのだから、ありのままで率直に生きなさい」と勧めようではないか。

幻を見る者へと変えられていく

ペンテコステは、主の復活から50日目に、主の弟子たちに聖霊が降り、聖霊の力を受けた彼らは大胆に福音を宣べ伝え、各地に教会が誕生した日である。その日、ペトロは集まってきた人々に対して、旧約聖書の預言者ヨエルの言葉を引用して、『神は言われる。終わりの時に、わたしの霊をすべての人に注ぐ。すると、あなたたちの息子と娘は預言し、若者は幻を見、老人は夢を見る。』使徒言行録2:17と語った。聖霊が注がれると、幻や夢を与えられ、教会が誕生していった。まさに幻(ビジョン)がなければ、教会は誕生しなかったとも言える。上尾教会も48年前、上尾開拓の幻が与えられた一握りの人(西川口教会の井置利男牧師と大原つゆ子さん)によって始められた。

ペンテコステの日に、誕生した教会の大きなしるしの一つは「祈り」であった。主の約束を信じ、待ち望んで祈っていた人たちの上に聖霊は注がれたのである。幻を見る者とは、祈る者である。祈りのあるところに、幻がある。幻は、人間的な目標とか期待とかというようなものではない。今日、少子高齢化の中で、教勢が振るわず、人間的には夢や希望を持ちづらい現実がある。「開拓伝道」という言葉は死語になり、教会の「合併」「閉鎖」という言葉を耳にする。財政面から牧師を招けない教会もある。しかし、そのような中で、神は私たちに幻を与え、夢を与えてくださる。私たちは、大いなる御業を成してくださる神を信じて、絶えず祈る者でありたい。

幻を見ることは、決して楽なことではない。そこには犠牲が伴うからである。幻を見たペトロは、カイサリヤにいた百人隊長コルネリウスの家を訪ねるが、そのことを知ったユダヤ人たちから大きな非難を浴びることになった。幻を見たパウロは、彼に約束されていた地位や輝かしい将来などすべてを捨てて、命がけで福音を語る者となった。パウロはトロアスで「マケドニヤ州に渡って来て、わたしたちを助けてください」と叫ぶマケドニヤ人の幻を見た時、まだ行ったことのない地に足を踏み入れていく。幻を見るということは、犠牲を払って、一歩を踏み出していくことである。

幻を見ることに、年齢は関係ない。自分が生きている間にその幻が実現することを願うが、実現しなかったとしても、聖霊によって見せられた幻は生き続け、受け継がれていく。初めは一人の幻かもしれない。しかし、それはやがて教会の幻となっていく。聖霊がすべての人に注がれ、すべての者が幻を見る者へと変えられていく。ペンテコステの日に注がれた聖霊は、今も私たちに、大いなる幻を見せてくださる。

協力伝道の豊かさに感謝!

昨年10月に開かれた「連合結成50周年大会」の分科会で諸教会の課題を分かち合う時を持った。秋山純子さん(妻)は、上尾教会は9月の台風24号で牧師館の屋根が飛んで、その修理のために多額の費用がかかることが大きな課題だと分かち合ったところ、同じ分科会に出席していた連合会計の安藤正さんから「連合のきたかん2号ファンドに該当するので、申請を出してみてはいかがですか。」と勧められたそうだ。家に帰って、妻からその話を聞いたのだが、私は「上尾教会ぐらいの規模の教会は連合の支援に頼るのは申し訳ない。」と取り合わなかった。しかし、その後に開かれた連合委員長会議で安藤さんから、「上尾教会の牧師館屋根の修理代は該当するので、遠慮しないで申請してください。」と勧められた。確かに、「きたかん2号ファンド」の適用範囲に「事故・災害等、教会の施設、牧師館被災の復旧費支援。天変地異、第三者加害、過失による被災にかかわらず支援する。」とある。そこで執事会に諮り、「できる限りのご支援をして頂けましたら幸いです。」と、支援希望額は書かずに、申請書を提出した。

そして、連合役員会、連合委員長会議、最後に連合総会に諮られて、上尾教会への支援が承認された。その支援額は、なんと屋根修理代約138万円の内、保険会社から下りた約42万円を除いた自己負担額約96万円の全額を支援するとの決定であった。きたかん2号ファンドは潤沢に資金の積み立てがあるわけではない。それにも関わらず、190万円の積み立ての中から、その半分以上の支援金96万円を先週上尾教会の口座に振り込んでくださった。上尾教会が牧師館を買ってリフォームしたばかりのところに屋根が飛んで大変だと聞きつけた諸教会は、尊い献金で積み立てた「きたかん2号ファンド」を惜しみなく上尾教会のために捧げてくださったのである。

私は、マケドニア諸教会を思い出した。エルサレム教会の苦境を聞いたマケドニア諸教会はどうしたか。「彼らは苦しみによる激しい試練を受けていたのに、その満ち満ちた喜びと極度の貧しさがあふれ出て、人に惜しまず施す豊かさとなったということです。」Ⅱコリント8:2。マケドニア諸教会の人々は、苦しみを伴う激しい試みに遭い、極度に貧しくなっていた。しかし、その苦しみや貧しさの中で、「喜びが満ち満ちて」「人に惜しまず施すことができる豊かさ」に生きたのである。協力伝道とは、自分が富んでいるからできるのではない。むしろ、自ら痛みを負いながらも、他者の痛みを負う生き方である。協力伝道の豊かさに与った上尾教会も、その生き方に倣いたいものである。

方向転換 ~神の恵みによって   金丸 真(仙台長命ヶ丘キリスト教会牧師)

この度は、上尾教会の皆様と礼拝をささげることができる恵みをいただき、神に感謝いたします。私は仙台で生まれ、仙台で育ちました。大学卒業後、児童館職員として働いていましたが、神の招きによって献身し、福岡有田バプテスト教会の牧師となりました。そして現在は、不思議なことに、子どもの頃から通っていた出身教会である仙台長命ヶ丘キリスト教会の牧師として立たされています。思い返すと、私の歩みは悔い改めの連続でした。

「悔い改め」と聞くと、私たちはどんなイメージをもつでしょうか。なんだかうつむいて、自分の罪を悔いるという、少し暗いイメージがあるかもしれません。しかし新約聖書において、普通「回心」、「悔い改め」と訳される「メタノイア」という言葉の原意は、必ずしも「悪い事を悔いて改める」という倫理的な意味ではありません。むしろ、自分勝手に生きてきた歩みから神の方向に「方向転換する」という意味で理解したほうがよいと言われます。そう考えると、キリスト教会が宣べ伝えている「悔い改め」は、新しい生き方への「方向転換」であり、明るい希望に満ち溢れている出来事であるとも言えます。

私たちは、立ち止まれないような忙しさの中で日常を生きているのかもしれません。なんだかおかしいと気付きながらも立ち止まれない、聞かなければいけない声があるはずなのに、語らなきゃいけない言葉があるはずなのに、目に見えない何かにくるまれて、急かされるように時間と共に流されていく日々。教会は、そんな日常の中で貴重な「立ち止まれる場所」です。心を静め、立ち止まって自分の歩みを振り返り、隣人の命に思いを馳せ、神に「方向転換」できる場所。しかもそれは努力や根性で成し遂げられるものではなく、様々な出来事との出会い、様々な命との出会い、そしてイエス・キリストとの出会いの中で心が開かれ、その心の窓に神さまからの風がびゅーっと吹きぬけたとき、成し遂げられる方向転換です。

そのような、神の恵みによって起こる方向転換が、今日から始まる一週間の歩みの中で起こりますように。私たちが勇気をもって立ち止まり、本当の自分らしさを獲得し、他者の命を喜び、イエス・キリストと共に生きる豊かさを深く知る者となりますように、心からお祈りします。

 

御救いの良い知らせを告げよ

来週、金丸真先生を仙台からお迎えして、春の特別伝道集会(以下「特伝」)を行う。かつて特伝といえば、金曜・土曜の夜と主日礼拝の3回行うのが、当たり前であった。講師も3回あると、人間の罪、十字架の救い、新生の喜び、と十分に語ることができた。又、来会者も3日間続けてくる方も多く、特伝で救いの確信に至り、バプテスマの決心に導かれた方も多かった。それが社会の変化によって、3日間集う方が少なくなり、特伝が2日になり、遂に主日礼拝の1回になった。十分に福音を聞く機会が少なくなった分、特伝で救いの確信に至る人が少なくなったことは、残念である。

しかし、特伝が一回になったとしても、新たな人が招かれ、主の救いを求めるきっかけになれば幸いである。私たちは特伝を迎えるにあたって、「あなたの人生にも役立つ良いお話だから、是非この集会に来てください。」とお誘いしたい。先週の祈祷会の箇所に、「この日は良い知らせの日だ。わたしたちが黙って朝日が昇るまで待っているなら、罰を受けるだろう。さあ行って、王家の人々に知らせよう。」列王記下7:9とあった。私たちは誰かから福音を伝えられて、主の救いに与ることができた。だから、自分が救われたことに満足し、黙っていてはならない。主の救いという良い知らせを伝える責任が私たちにもある。私たちが伝えなければ、誰も特伝に招かれることも、主の救いに与ることもできないだろう。実は、特伝の主役は、講師ではなく、私たちである。

私たちには、特伝の時だけ声を上げて伝えることが求められているのではない。むしろ、日々の生活の中で、主の救いを伝えることが求められている。「日から日へ、御救いの良い知らせを告げよ。」歴代誌上16:23「日から日へ」とは、主日礼拝の時だけではなく、毎日、主の救いを伝えることである。毎日が特伝である。私たちは毎日、何を語っているだろうか。主の救いを語るよりも、不平不満を語っていることが多いのではないか。私たちが「告げる」べきことはなにか。不平不満ではない。それは、「御救いの良い知らせ」「主の栄光」「その驚くべき御業」である。主なる神がイスラエルの民をエジプトの支配から解放して、自由に身にしてくださったように、御子イエス・キリストを遣わして、十字架の死と復活の御業によって、私たちを罪と死の支配から解放して、救い出してくださった喜びの出来事こそ、告げるべきことである。

「良い知らせを伝える者の足は、なんと美しいことか」とパウロは語ったが、美しいのは、足だけではない、その人の人生も生き方も美しい。そんな美しい人になりたい。

 

涙の子は決して滅びることはない

4世紀に活躍した古代教父アウグスティヌスは、現代においても大きな影響力を持つ神学者であるが、青年時代は異教に没頭し、福音に背を向けていた。しかし、彼は劇的な回心をもって信仰に至る。その背後には、アウグスティヌスの母モニカの祈りがあったと言われている。アウグスティヌスは、救われたのちに母モニカの祈りの様子を語っている。「私の母が祈る時、涙が川の水のように流れ落ちて、彼女がどこで私のために祈ってくれても、あなたのしもべ私の母が祈る時、彼女の膝の下の地面が濡れているほどでした。」座っている所が涙で濡れるほどに、モニカはそれこそもがくようにアウグスティヌスの救いを願って祈り続けたのである。

祈っても無理だ、息子は福音に耳を貸すはずがないと思っても不思議ではない。しかし、愛する息子が救われてほしいとの一心で、モニカは来る日も来る日も涙を流して祈り続けた。それでも息子が救われる機運が微塵もないことに不安を覚え、司教のアンブロジウスの所に相談にいった。すると、アンブロジウスは、「安心して行きなさい。涙の子は決して滅びることはない。」と慰めた。この言葉の通り、モニカがなくなる一年前にアウグスティヌスは回心し、主を信じる者となった。後に、アウグスティヌスは、「自分を二度産んでくれた人」と母モニカに何度も感謝の意を表している。一度目は出産の苦しみであり、二度目は霊の子が誕生する苦しみである。

祈祷会でも、「わが子の救いのために祈ってください。」と毎回リクエストされ、涙して祈っておられる母親がいる。その姿に、ここにも「現代のモニカ」がいると感じる。この祈りは、主の心を激しく突き動かす涙の祈りでもある。ナインの町でやもめの息子が死んだ時、主は泣き崩れる母親を見て、憐れに思い、「もう泣かなくともよい。」ルカ7:13と言われ、息子を生き返らせた。この涙の祈りに主は応えられたのである。

お父さんとは違う、お母さんにしか流せない涙がある。子を思う母の涙である。理屈抜きに飛び込んでいき、無意味だと笑われても必死になって家族の救いのために何でもする母にしか出来ない愛の姿がある。お母さんたち、わが子の不信仰を嘆く前に、諦めることなく、主の心を激しく突き動かすほどの涙の祈りを捧げようではないか。涙の子は決して滅びることはない。主は、涙の祈りを必ず聞いていてくださるからである。そして、教会はいつもこの母の涙の祈りに支えられていることを覚えよう。「主はこう言われる。わたしはあなたの祈りを聞き、涙を見た。」イザヤ38:5