週報巻頭言

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愛は無関心であってはならない

最近、米軍基地や原発問題を漫才にした、お笑いコンビ「ウーマンラッシュアワー」が話題になっていたので、私もyou tubeで観た。すると、その笑いの中にも、笑えない事実が指摘されていることに気付かされた。

「東京で行われるオリンピックは?日本全体が盛り上がる」「沖縄の基地問題は?沖縄だけに押し付ける」「楽しいことは?日本全体のことにして」「面倒臭いことは?見て見ぬふりをする」「在日米軍に払っている金額は?9465億円」「そういった予算は何という?思いやり予算「アメリカに思いやりをもつ前に沖縄に思いやりをもて!」と観客席を大いに盛り上げて、最後に「だから本当に危機を感じないといけないのは?被災地の問題よりも、原発問題よりも、基地の問題よりも、北朝鮮問題よりも、国民の意識の低さ!」そして観客席に向かって、「お前たちのことだ!」と締めくくった。

お笑い業界では、時事ネタ関連はタブー視されており、クレームなどのリスクを考慮してあまり触れるグループはないようだが、ウーマンラッシュアワーの村本大輔氏はこのような風潮に疑問を投げ掛け、遂に時事ネタを大々的に披露した。「社会問題に関心はなかった」という村本さんは、友人でジャーナリストの堀潤さんから沖縄の歴史を学び、「沖縄戦で10代の少年が銃を持たされ、今も米軍基地の7割が集中する。それは理不尽。日本にとって沖縄は何なのか」という疑問を素朴に感じたという。

そして、「日本で本音をいうと炎上する。うそばかり建前の国だ。ゴールデンのお笑い番組で辺野古、原発という言葉が出ただけで大騒ぎする。笑いは王様や権力の上にある存在だと思う。リア王では芸人(道化師)が王の間違いを指摘した。社会に牙をむき、かみつくのが芸人だが、首輪をされた芸人ばかりでテレビがつまらない。基地や原発のネタの後、お笑いをやって初めて『ありがとう』と言われた。その言葉を各地で返したい。沖縄や仮設住宅で一生懸命訴える人の話を聞き、フラストレーションをお笑いに変える。無色の空気やニュースにネタで色を付けたい。」と持論と抱負を語っていた。

マザーテレサは、「愛の反対は、憎しみではなく、無関心である。」と言ったが、この社会の只中に存在する教会、私たちキリスト者も、社会の出来事に無関心であってはならない。理不尽なこと、差別や偏見で苦しむ人がいるなら、自分の表現方法を用いて、声を上げていこう。「主の愛に生きる教会」として、わたしがあなたがたを愛したように、互いに愛し合いなさい。」ヨハネ15:12この主の掟の実践が問われている。

私は犬にさえなります

今年の干支は「戌(犬)」「犬」という単語は聖書に54回登場するが、その内、45回が旧約聖書で、9回が新約聖書である。残念ながら「犬」は、聖書の中ではあまり良い場面には登場しない。旧約では、死体の血を舐めたり(列王上22:38)、自分で吐いた物のところへ平気で戻ったり(箴言26:11)、廃墟と化した町に住み着いて荒廃のシンボルになるような(エレミヤ9:10)、汚く危険なイメージの動物であった。

新約でも、パウロが福音の意味を失わせるような教えを宣べ伝える人々を「よこしまな働き手」として「あの犬どもに注意しなさい」フィリピ3:2と悪人の代名詞として「犬」を用いたり、また、「すべて偽りを好み、また行なう者」として「犬のような者」黙示録22:15が一番に挙げられている。そして、何よりも主ご自身が「聖なるものを犬にやるな」マタイ7:6と言われた。このように「犬」とは、ひそかに人の隠し事を嗅ぎつけて告げる者、まわし者、また、卑しめ軽んじてくだらない者、無駄な者を表す。日本語でも、何の役にも立たない死に方をすることを「犬死」と言うことからわかる。

しかし、今日、「犬」は人間の手助けをする忠実な動物になっているのではないか。盲導犬も介助犬も救助犬も、否、慰めをもたらすペットの犬も、人間の命と生活を支えるために、無くてはならぬ存在である。そして、犬から学ぶべきことは多い。藤井健児(香住ケ丘教会名誉牧師)からこんなお話を伺った。「普通の犬や動物は条件反射で反応するが、盲導犬は愛情に反応するのです。セイル(三頭目の盲導犬)は教会の中に入ると、シッポを振るのをぴたりとやめる。私と一緒に壇上に上がると、ただちに伏せ、お祈りの間は、足を組んで顔を床に着ける。セイルもお祈りしているのではと思っている人は多い。そして最後の”アーメン”になると”さあ終わった”と命令を待つ形をとる。その姿を見て、礼拝に出席している人は驚くと共に、自らの礼拝姿勢を正されています。」

私たち人間も「愛情に反応する」ことが本来の姿ではないか。「小犬」と呼ばれたカナンの異邦人の女性もそうであった。彼女は主に何と答えたか。「主よ、ごもっともです。しかし、小犬も主人の食卓から落ちるパン屑はいただくのです。」マタイ15:27。これは「私は、わが子のためなら犬にさえなります。だから、娘を治してください。」という願いである。この母親にとって、「犬」と侮辱されようが、娘が治るのならそれでいいと言い切った。その姿勢に主は、「あなたの信仰は立派だ。あなたの願いどおりになるように。」マタイ15:28と言われた。「私は犬にさえなります」こんな愛情豊かな生き方をしたい。

 

感謝すべき事

今年、感謝すべき事が沢山あった。まず岡田愛子姉がバプテスマを受け、教会員としてお迎えできたことである。吉田ハマ姉が30年前、「愛子が救われますように」と祈り始めた祈りが私たちにも引き継がれ、実を結んだ。旧知の吉高国彦先生に伝えたところ、「今日は不可能かもしれない。明日は不可能とはいえない。大切なことはビジョンです。」と寄せてくださった。家族の救いに不可能はない。いつの日か主の救いに与り、一緒に礼拝を捧げる日が来るというビジョンを抱くなら、「希望をもって喜び、苦難を耐え忍び、たゆまず祈りなさい。」ローマ12:12が、日々の歩みとなるだろう。

協力伝道の豊かさを経験した一年であった。那覇新都心教会へ伝道隊を派遣し、教会の皆さんと「神のために力を合わせて働く」ことができた。高江や辺野古では反対派の方々と出会い、普天間基地前ではゴスペルを歌い、基地のない沖縄になるように、祈りを合わせることができた。また、旭川への「隣人に出会う旅」、太田教会への「青年伝道隊」、日立教会との「相互訪問」では、とてもよい奉仕と交わりができた。

「地域に開かれた教会」が実現した一年であった。三井会館の建て替えに伴い、半年間、三井住宅の方々が毎週、様々な活動のために上尾教会を利用された。コンサートや防災講演会には、満席になるほどの人出であった。そして「泉の会」の方々と一緒にクリスマスを祝うことができた。住民と親しくなったので、集会にも誘いやすくなった。来年も、地域の方々が参加しやすい集会が開かれることを期待したい。

最後に感謝すべき事は、長年の夢であった牧師館が最善の場所に与えられたことである。「主よ、わたしたちのために大きな業を成し遂げてください。わたしたちは喜び祝うでしょう。」詩編126:3と祈りを合わせたところ、献金と融資目標は見事に達成された。牧師館が与えられたことによって、教会がさらに発展することを期待したい。

「年は去らんとす。感謝である。年は来たらんとす。感謝である。今年もまた善き事があった。感謝である。悪しき事があった。感謝である。万事万物が感謝である。何ゆえにしかるか?神のみ心が成ったからである。彼のみ栄えが揚がったからである。・・・神は年々歳々、その聖業を進めたもう。そうして今年もまた一年だけみ心は成り、栄光が挙がった。ゆえに感謝である。」内村鑑三『続一日一生』

主の貧しさによって、豊かになる

「今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。」ルカ2:11

クリスマスの日に、なぜ神の御子がお生まれになったのか。それは、私たちを罪から救うために、私たちに代わって、一切の罪の裁きをその身に担われるためであった。この主イエスによってもたらされる神の救いから除かれる人は一人もいない。すべての人がこの神の救いに招かれている。自分は神から見捨てられている、そう思って生きる希望と勇気とを失いそうになっている人々に向かって、神は「わたしはあなたを見捨てない。わたしはあなたと共にいる。あなたの苦しみ、嘆き、痛み、不安、そのすべてをわたしは知っている。わたしはあなたを愛している。」そう告げられる。

その神の御心を現したのが、神の御子の姿である。だから、主イエスは馬小屋で生まれ、平凡な夫婦であったヨセフとマリアが父と母となり、ヘロデ王の虐殺を恐れてエジプトに難民として逃れ、犯罪人と共に十字架の上で死なれた。主の生涯は、「狐には穴があり、空の鳥には巣がある。だが、人の子には枕する所 もない。」ルカ9:58。私たちのためにここまで小さくなられ、私たちのためにここまで貧しくなられた。

私たちは、自分のことしか考えることが出来ず、それが他者との関係を、神との関係を破壊し、断絶してきたのではないか。そんな私たちのために、神は、神の独り子を、最も小さい、最も貧しい者として、この世に遣わされた。これは常識的にはあり得ないことである。祈祷会で「愛するわが子を、人々の救いのためとはいえ、死なせる親はどこにいるでしょうか。」という意見があったが、親自身が死ぬならまだしも、わが子を死なせる親はいない。しかし、父なる神はそうではなかった。これが人知を超えた神の愛である。この愛が現されたのが、クリスマスの出来事であった。

「主は豊かであったのに、あなたがたのために貧しくなられた。それは、主の貧しさによって、あなたがたが豊かになるためだったのです。」Ⅱコリント8:9。私たちが豊かに生きるために、主イエスは貧しくなられた。主ご自身が身を捧げ、最後の一滴まで血を流し、私たちに罪の赦しと永遠の命をもたらしてくださった。この主の恵みに応えるただ一つの道は、生涯、主を礼拝し、主に仕える者として歩むことである。ハンセン病を患った玉木愛子さんは、この主の恵みに対して、「目をささげ、手足をささげ、降誕祭」と詠い、生涯、主の愛を証し続けた。苦しみと悲しみが、感謝と喜びに変わった。主の貧しさによって豊かにされた私たちも、生涯を主に献げていきたい。

 

地には平和

先日、普天間基地に隣接する保育園と小学校に米軍ヘリから部品が落ち、危うく大惨事に繋がるところであった。保育園は普天間バプテスト教会付属で、私も訪ねた時、真上を米軍ヘリが爆音を轟かせて行きかい、今にも落ちて来るのではないかという恐怖を感じたのを覚えている。子供たちや保護者、保育士や神谷牧師は、どれほど緊張した毎日を送っておられるだろうか。日本国憲法第25条では、「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。」と謳われているが、沖縄では憲法が保障するその権利さえ奪われている。私たちは沖縄の人々の叫びを聞いて、「基地はいらない」と、共に声を上げていきたい。

クリスマスという出来事の中にも、個人の権利が奪われ、人間扱いされない人々が登場する。当時、ローマ帝国は人頭税を取り立てるために、全植民地の人数を調べるために住民登録をさせた。ユダヤの民はすでに重税に苦しんでいたが、さらに取り立てられた。妊娠中のマリアはナザレ村からユダヤ地方のベツレヘム村まで約100キロの旅を強いられた。そして自宅ではなく旅先で生むことになる。しかも宿屋は満員で、マリアは衛生状況の悪い馬小屋でしか生めなかった。また、野宿をしながら徹夜の羊の番していた羊飼いたちも、律法を守れない職業の人として人々から軽蔑され、街から締め出され、まったく割の合わない重労働の仕事を担った。

しかし、その彼らが神に選ばれ、神の御子の第一発見者となるのである。「今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである。」ルカ2:11。この世界で力を持ち、力を振るっている人ではなく、力を奪われている人にだけクリスマスの出来事は伝えられた。人間扱いされなかった御子イエスは、人間扱いされていない羊飼いと深く関わり、救いの喜びをもたらしたのである。

天使の大軍は突然歌い出す。「いと高きところには栄光、神にあれ、地には平和、御心に適う人にあれ。」ルカ2:14。戦争が無いことが平和なのではない。たった一人でも人間扱いされていない人がいれば、地上には平和は実現していない。クリスマスは子供も含め人間扱いされていない人を救い出すために、イエス・キリストがお生まれになった出来事である。「今日ダビデの町で」個人の権利が奪われている人々が住む町で」と読み替えてみよう。「たいせつな命 戦争しない」のバッチを心に刻みたい。

 

 

暗闇を照らす光

「闇」がこの社会を覆っているが、顕著に表れたのが座間市の事件ではないだろうか。9名の若者の尊い命が奪われた。残念なことは「死にたい」と言える場所がSNSしかなかったことである。仕事や人間関係、健康上の悩みで、「死にたい」と思うことは誰にでもあるのではないか。「自分には居場所がない、誰も自分を必要としていない、生きていることは迷惑になる。」という思いを持つことは誰にでもあるのではないか。だから、安心して「死にたい」と言える場所があることは、「誰かが自分を受け止めてくれる場所」があるということでもある。そんな場所に、教会がなれたらと願う。

「闇の中を歩む民は、大いなる光を見、死の陰の地に住む者の上に、光が輝いた。」イザヤ9:1。今から2700年前、北イスラエルは大国アッシリアに占領され、滅びの危機に陥った。民はどこにも光を見い出すことはできず、真っ暗闇の中で過ごさなければならなかった。そんな中で預言者イザヤは、「光が輝いた」と希望を語った。

その理由は、「ひとりのみどりごがわたしたちのために生まれた。ひとりの男の子がわたしたちに与えられた。権威が彼の肩にある。その名は、”驚くべき指導者、力ある神、永遠の父、平和の君”と唱えられる。」イザヤ9:5。誕生する「男の子」について、”驚くべき指導者、力ある神、永遠の父、平和の君”と呼んでいる。「驚くべき指導者」の英訳は「ワンダフル・カウンセラー」とあった。救い主イエス・キリストは私たちが悩み恐れる時、真のカウンセラーとなって助け、教え導き、人間の能力を遥かに凌ぐ奇蹟を起こす神であり、真の父親のように愛と厳しさを持って私たちを永遠に守り、人の心を柔和にさせ、平和を創り出してくださる方である。

そのような救い主の誕生を、イザヤは「暗闇を照らす光」として預言したのである。力のない弱い者たちが踏みにじられていく闇の時代に、このひとりのみどりごは「わたしたちのために生まれた」「わたしたちに与えられた」と語る。つまり、どんな時にも、「神は我々と共におられる(インマヌエル)」マタイ1:23ということである。

希望の光を与えるために、「罪と死」という深い闇の中にいる私たちのために、救い主はお生まれになった、それがクリスマスの出来事である。「今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである。」ルカ2:11。この知らせは、一部の人だけに与えられたのではない。「闇の中を歩む民」であるすべての人に与えられた。だから、この良き知らせを私たちの周りの人々に伝えたい。

我が子を目一杯抱きしめて

第4回目の「プレ・クリスマス会」には、6家族、8名の子供たちが集った。会堂にジョイントマットを敷きつめた所に親子で座り、自己紹介した後、手遊び、紙芝居、手作りの楽器でクリスマスソング、リースの飾り作り、ママたちのおしゃべりティータイム、その中で、越智清香姉がよい証をしてくれたので、ここに紹介したい。

皆さんは、NICUという病棟を知ってますか?最近、コウノドリというドラマで認知度は高くなったと思います。NICUは新生児集中治療室という病棟です。患者さんは、早産で産まれた赤ちゃんや先天性疾患で産まれた赤ちゃんなどです。ここで、たくさんの赤ちゃんに出会いましたが、それと同時にたくさんのママにも出会ってきました。NICUに入院している赤ちゃんは、ママとパパと24時間一緒には過ごせません。様々な治療をしてときには痛みや苦しみに耐えながら生きようと頑張ってます。その生命力には驚かされることばかりです。

私たちは、赤ちゃんの生きる力を信じて手助けをしていますが、赤ちゃんにとって一番の薬はママとパパの愛情だと私は思います。ママたちが面会にくると、さっきまでなかなか落ちつかなかったバイタルが落ち着いたり、ママたちに抱っこしてもらうと眠りについたりと。ママの偉大さを感じます。産後、身体がまだ辛いママたちも毎日のように我が子に会いにきて、家では搾乳をして母乳を届けてきてくれます。母乳は、赤ちゃんの泣き声に反応して分泌されます。しかし、赤ちゃんと過ごせないママは毎日3時間ごとに、自分で起きて搾乳をします。それがどんなに辛く大変なことか。その愛情は赤ちゃんにも伝わっています。

皆さんは、「死戦期帝王切開」という言葉を聞いたことはありますか?お母さんの命が危うくなったときに行う帝王切開です。そんな悲しい出産で産まれた赤ちゃんが入院していたことがあります。お母さんは、一度も我が子には会えず、顔を見ることも声を聞くこともできませんでした。赤ちゃんの性別は、産まれてからの楽しみということで、性別すら知らなかったのです。また、私が担当していた赤ちゃんは、一度も外にも行けずママのおっぱいを飲むこともできず天国に行きました。

赤ちゃんを抱っこして、授乳できることは当たり前ではありません。時には、子供が思いどおりの行動をせず、イライラすることもあると思います。泣き止まない子供に、どうして、なんでと思い、悲しくなることもあると思います。そんな事を思ったとき、思い出してください。出産して我が子を始めて抱いたときの気持ちを。

そして、皆さん、我が子を目一杯抱きしめてあげてください。出産は奇跡です。そして、今日も我が子が元気に過ごすことができていることも奇跡です。

世界バプテスト祈祷週間を迎えて

本日から「世界バプテスト祈祷週間」を迎えた。世界のバプテスト教会が、全世界への福音宣教のために祈り、献金を捧げるこの「世界バプテスト祈祷週間」は、死に至るまで神に忠実であった南部バプテストの宣教師ロティ・ムーンを記念して始まった。

ロティは、1873年、33歳の時に宣教師として中国に遣わされ、40年間一生懸命に福音宣教に励んだ。彼女は、一時帰国の際に、南部バプテストの女性たちに中国宣教のための祈りと献金を呼びかけると同時に、後に続く中国宣教に献身する宣教師を求めた。ロティは、飢餓で苦しむ人々のために献身的に奉仕し、ついに病に倒れた。そして、病気療養のために米国に帰る途中、神戸港に寄港した船の中で、1912年12月24日、クリスマスイヴの鐘を聞きながら、静かに72才の生涯を閉じた。後に残された残高ゼロの銀行通帳には、「私のような寂しさを経験する宣教師が決してないように」と書かれてあった。世界宣教のための献金をアメリカでは、ロティームーン・クリスマス献金」と呼んでいる。そして彼女たちの祈りと献げものによって、日本にも宣教師が派遣され、日本全国に教会だけでなく、西南学院・西南女学院や京都バプテスト病院・看護学校、天城山荘などが建てられていった。

日本では1931年、困難な生活の中、世界伝道の信仰に目覚めたバプテストの女性たちによって世界バプテスト祈祷週間が始まり、現在に受け継がれる。現在、女性連合を中心として呼びかけがなされているが、決して女性会だけの働きではない。連盟の協力伝道の一環として、主の「全世界に行って、すべての造られたものに福音を宣べ伝えなさい」マルコ16:15の命令を受けて、私たち一人一人が世界宣教(国外伝道)を覚えて祈る時である。この世界宣教がなければ、私たちの所にまで福音が届けられなかったことを思うと、世界宣教は私たちの教会にとっても大切な使命である。

連盟は、インドネシアに野口日宇満・佳奈宣教師、カンボジアに嶋田和幸・薫宣教師、またルワンダへ佐々木和之さんを国際ミッションボランティアとして派遣し、シンガポール国際日本語教会の伊藤世里江牧師にミッション・コーディネーターの働きを委託している。それぞれの働きは遣わされている場所で異なり、また文化や習慣や言葉も違うが、しかし、現地の人々と福音に生きる喜び、悲しみや苦しみを共にしていることは共通している。異なる文化の中で生活し宣教することは大変なことであり、寂しさも感じるだろう。宣教師とその家族を覚えて祈り、支えていきたい。

 

岡田先生ご夫妻を迎えて

嬉しいことに、岡田先生ご夫妻を迎えることができた。今年1月、上尾教会から伝道隊8名で那覇新都心教会に伺った時に、「めんそーれ、上尾教会の皆さま」という看板を掲げて、先生ご夫妻と教会の皆様が大歓迎してくださった。その温かいもてなしと、おいしい沖縄料理、エイサーの踊りは一生忘れられない思い出となった。

岡田先生ご夫妻は関西出身であったので、どこまでいっても「やまとんちゅ(本土の人)」であって、うちなーんちゅ(沖縄の人)」にはなれないという、心のバリアを感じておられたが、16年間沖縄に移り住むうちに、すっかり沖縄の人々から慕われる存在になっておられた。特に、那覇新都心教会のミッションステートメントにある、「イエス・キリストにあって、(1)隣人となり地域に仕える。(2)沖縄・他都道府県・アジアの平和と和解の架け橋となる。(3)キリストの平和を実現する人々を送りだす。」は、岡田先生ご夫妻の働きに負うところが大きい。連盟が「ぬちどぅ宝の日」として覚えるようになったのも那覇新都心教会が提案者になってくださったからである。女性連合の「ぬちどぅ宝ツアー」も、少年少女の「隣人に出会う旅」も、沖縄から宣教を考える会の「フィールドツアー」も、岡田先生ご夫妻の名ガイドがなければもはや成り立たない。

それは上尾教会の伝道隊での「平和ツアー」でも感じた。深澤和子姉が語っていた。「後半の二日間は平和ツアーです。その初日は教会から北へ。日本が繰り返してきた戦争が深く関わっている、といっても今の事。現状を知り、沖縄の痛みに触れる一日となりました。高速に乗って一気に2時間弱。”標的の村”の舞台となっていた高江まで行きました。道中、岡田富美子姉が沖縄の町の風景や動植物、人々の様子などについて説明をしてくださいました。そして辺野古、佐喜眞美術館、普天間基地前ゴスペルを歌う会という行程で戻ってきました。最終日は勝つはずのない最後の戦争でいよいよ追いつめられた日本は、攻撃が本土に来るのを避けて、沖縄が戦場になるよう仕向けたのですね。映画やお話で聞いていたそのたくさんの悲しい歴史の現場に立ち、事実を学ぶ時となりました。”たいせつな命・戦争をしない”私たちはだれもが神様に造られました。神の子なのです。平和を実現しない者になってはいけないことをわかっていただけるまで、お伝えしていきたい、そう思いました。」私も深澤姉のように、「そのたくさんの悲しい歴史の現場に立ち、事実を学ぶ時となりました。」見たこと、聞いたことを今度は伝えていくという大きな宿題が与えられた。今回、岡田先生ご夫妻から、更に沖縄の声を聴きたい。

主のところに連れていく

親にとっても、教会にとっても、信仰の継承は切なる願いである。主の救いにあずかり、一緒に御国に行って欲しいからである。しかし、信仰の継承がなかなかうまくいかないことも事実である。「小さい頃は教会に連れて来ていたのに、今ではすっかり行かなくなりました。」と嘆く親のなんと多いことか。信仰の継承がスムーズにいっていたら、日本のクリスチャン人口は増え、教会はもっと成長したであろう。では、なぜ信仰の継承がうまくいかなかったのか。そのヒントは次の主の言葉にある。

「子供たちをわたしのところに来させなさい。妨げてはならない。神の国はこのような者たちのものである。」マルコ10:14。子供たちが近くに来ることを主は強く望まれた。子供たちは主に近づくことで、主から直接教えを受け、信仰が育まれる。私たちの思いで、子供の信仰が育つのではない。ひたすら主に触れることができる環境を作ってあげれば、あとは主が計らってくださる。「子供たちをわたしのところに来させない。」とは、「私が責任をもって子供の信仰を育みます。」との主の強い決意の表れである。

そのために必要なことは何か?それは「共にいる」「共にする」「共にあずかる」ことである。「共にいる」とは、礼拝、祈祷会、教会の交わりの場に共にいること。時々、子供がいたのではゆっくりと御言葉も聞けないので、子供は家においてきましたという方がいるが、これでは子供の信仰は育たない。「共にする」奉仕や献金、伝道を共にする。教会の掃除、チラシ配り、募金など、一緒に奉仕することによって、「神と人に仕える」ことが身につく。「共にあずかる」福音のすばらしさを一緒に味わう。「親子聖書日課」で霊の糧を日々共にいただき、祈り合うなら、「共育」されるだろう。

「子供たちをわたしのところに来させなさい。」のあとにある「妨げてはならない。」という言葉にも注目したい。私たちは様々な障害物をそのまま放置して、子供が主のところに来る環境を悪くしているのではないか。例えば、子供が部活や習い事、受験勉強で疲れているから、礼拝を休ませようとする。それが親の配慮だと思っているとしたら、大間違いである。むしろ、子供たちが主に触れる機会を沢山作ることが、私たちのすべきことである。現代は、子供も忙しく、疲れ、病んでいる時代である。子供たちに、神がおられ、神から愛されていることをしっかり伝えていくなら、子供たちはその愛に気づき、神に仕える人になるのではないか。どんな時にも、子供たちを主のところに連れていく、それが親の務めであり、教会の務めである。