Day: 2020年3月1日

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祈りについて    教会員

クリスチャンにとって一番大切な奉仕は何でしょうか?私は祈りではないかと思います。一人の魂が救われるためには、まずは祈ってくださる方がおり、今日私がここにあるのも、誰かの祈りによって支えられているからです。6年前より埼玉アシュラムに参加させていただくようになって、特に祈りの大切さを教えられています。

一年間同じグループ(ファミリーと呼びます)のメンバーのために祈り、一年間私は他のメンバーによって祈られています。一年後、アシュラムで再会した時、互いの祈りを思い、嬉しくなります。

私たちは祈りの最後に、「イエス・キリストの御名によって」と祈ります。イエス様を通して神様に祈りが届けられます。神様はイエス様によって私たちの罪を赦し、和解の道を開いてくださいました。神様は偉大で憐み深いから、ただ罪を赦してくださったのではなく、イエス様の十字架と復活によって、罪を赦して新たに生きる力を与えてくださったのです。和解させていただいた者は、イエス様を救い主と信じ、神様に大胆に祈ることができます。最近クリスチャンにとって、ごく当たり前の以上のことが、なぜか心のうちに響きます。

私は毎日「聖書日課」によってみ言葉をいただき祈ります。教会の友のため、アシュラムの友のため、職場の同僚のため、家族のため祈ります。水曜日は教会で皆さんと祈ります。時に自分の祈りが形式に流されているのではと反省させられます。できるだけお一人おひとりの状況にふさわしい祈りができたらと願います。一日の最後の祈り、「神様、今日も一日お支えいただきありがとうございました。感謝申し上げます。イエス様の御名によって祈ります。」何とも言えない平安を覚え、また、背後に友の祈りを感じます。

祈りはいつも、すぐ聞かれるわけではありません。神様には神様の時があります。教会にきておられる求道中の方々のためにも祈ります。その祈りの中から救いにあずかる方が起こされます。神様の御業です。

物理的な奉仕には、かなり限界がありますが、祈りは生涯継続できる奉仕と思います。祈り祈られて信仰生活を全うできればと思います。

「朝にはあなたの慈しみに満ち足らせ、生涯、喜び歌い、喜び祝わせてください。」詩編90:14