Day: 2019年11月3日

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大きな業を成し遂げてくださる主

「主よ、わたしたちのために大きな業を成し遂げてください。わたしたちは喜び祝うでしょう。」詩編126:3。この御言葉は、私たちの教会の祈りとして度々捧げてきた。20年前の会堂建築の折、総工費は土地も入れて1億5千万円に達し、連盟からの5千万円の支援があったとしても、あとは自己資金で賄うことになった。それは40人にも満たない教会員にとっては、至難の業に思えた。どんなにソロバンを弾いても、資金が足りないのである。「信仰の冒険」ではなく、「信仰の暴走」だと受け止めても不思議ではなかった。会堂建築中も1千万円が足りず、第三次献金を募ることになった。その時に、この御言葉を毎週の礼拝で唱えて、祈りを捧げたのである。

もし、私たちが人間の力で会堂建築を成し遂げようとしたら、会堂は建たなかったであろう。しかし、会堂建築という大きな業を成し遂げてくださるのは主であると、この御言葉から勇気づけられ、恐れることなく第三次献金を捧げることができ、全ての必要が満たされたのである。その経験があったので、「牧師館取得」の時も、「主よ、わたしたちのために大きな業を成し遂げてください。わたしたちは喜び祝うでしょう。」と、この祈りをもって、実現することができ、喜び祝うことができたのである。

この御言葉に後には、「主御自身が建ててくださるのでなければ、家を建てる人の労苦はむなしい。主御自身が守ってくださるのでなければ、町を守る人が目覚めているのもむなしい。」詩編127:1とある。私たちは上尾教会を建て上げるために、一生懸命、奉仕をし、捧げているが、実は教会を建て上げ、守ってくださるのは、「主御自身」であることを忘れてはならない。『教会の約束』でも、「わたしたちは、教会は人によって成ったものではなく、神によって成ったものと信じます。」と唱えている。

勿論、「主御自身が建ててくださる」「主御自身が守ってくださる」から、私たちは何もしなくてもよいということではない。教会を建て上げるために、「労苦」は必要である。ただ、主のみ旨がどこにあるのかを祈り求めながら、労苦することである。今日の教会は、従来の伝道のみという宣教観から脱皮して、より全人格的・包括的な宣教理解に立ち、地域に仕え、地域と共に生きる教会へとパラダイムシフトして行くことが、今求められている。」と指摘された。「地域と共に生きる教会」として、日頃から神の声を聴くと共に、隣人の声を聴いていきたい。そして、一人ひとりの魂の嘆きに対して、主よ、大きな救いの業を成し遂げてください。」との祈りをもって、労苦していきたい。