Month: 5月 2019

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小羊会 開始!

小羊会はじまるよ〜\( ˆoˆ )/!

 

小羊会とは、月一回行われる小学生対象のいわばクラブ活動のようなもの。いつも教会に来ている小学生がメンバーです。上尾教会ではプレ小羊として、4歳のお友だちも一緒に始まりました(≧∀≦)

 

みんなをお迎えに「こひつじ号」発車!

みんなー!乗って〜〜

さぁ!小羊会へ  しゅっぱーつ!!

 

これからみんなが使う「こひつじかいノート」に名前を書いて、さっそく今日のメインイベント!

 

「自分でお弁当を作っちゃおう〜❣️❣️」

 

いつもはママが作ってくれるお弁当。今日はからっぽのお弁当箱に、自分で好きなものを好きなだけ入れちゃう!

リーダーは、一口ゼリーだらけのお弁当ができちゃうかな?お野菜は入れないかな?と勘ぐっていましたが、「どうしようかなー?」「これと…も一つこれと…」と出来上がっていくお弁当箱をのぞくと、意外にも彩りもバランスもバッチリのお弁当が出来上がり〜〜!

じゃん!(≧∇≦)!

 

神さま

このお弁当をありがとうございます!いっぱい食べて元気な心と身体にしてください😌

 

いっただっきまーす!

自分で詰めたお弁当は格別に美味しいねー!

みんなきれいに完食👍❗️

また来月ね(^o^)/♪♪

 

 

 

方向転換 ~神の恵みによって   金丸 真(仙台長命ヶ丘キリスト教会牧師)

この度は、上尾教会の皆様と礼拝をささげることができる恵みをいただき、神に感謝いたします。私は仙台で生まれ、仙台で育ちました。大学卒業後、児童館職員として働いていましたが、神の招きによって献身し、福岡有田バプテスト教会の牧師となりました。そして現在は、不思議なことに、子どもの頃から通っていた出身教会である仙台長命ヶ丘キリスト教会の牧師として立たされています。思い返すと、私の歩みは悔い改めの連続でした。

「悔い改め」と聞くと、私たちはどんなイメージをもつでしょうか。なんだかうつむいて、自分の罪を悔いるという、少し暗いイメージがあるかもしれません。しかし新約聖書において、普通「回心」、「悔い改め」と訳される「メタノイア」という言葉の原意は、必ずしも「悪い事を悔いて改める」という倫理的な意味ではありません。むしろ、自分勝手に生きてきた歩みから神の方向に「方向転換する」という意味で理解したほうがよいと言われます。そう考えると、キリスト教会が宣べ伝えている「悔い改め」は、新しい生き方への「方向転換」であり、明るい希望に満ち溢れている出来事であるとも言えます。

私たちは、立ち止まれないような忙しさの中で日常を生きているのかもしれません。なんだかおかしいと気付きながらも立ち止まれない、聞かなければいけない声があるはずなのに、語らなきゃいけない言葉があるはずなのに、目に見えない何かにくるまれて、急かされるように時間と共に流されていく日々。教会は、そんな日常の中で貴重な「立ち止まれる場所」です。心を静め、立ち止まって自分の歩みを振り返り、隣人の命に思いを馳せ、神に「方向転換」できる場所。しかもそれは努力や根性で成し遂げられるものではなく、様々な出来事との出会い、様々な命との出会い、そしてイエス・キリストとの出会いの中で心が開かれ、その心の窓に神さまからの風がびゅーっと吹きぬけたとき、成し遂げられる方向転換です。

そのような、神の恵みによって起こる方向転換が、今日から始まる一週間の歩みの中で起こりますように。私たちが勇気をもって立ち止まり、本当の自分らしさを獲得し、他者の命を喜び、イエス・キリストと共に生きる豊かさを深く知る者となりますように、心からお祈りします。

 

御救いの良い知らせを告げよ

来週、金丸真先生を仙台からお迎えして、春の特別伝道集会(以下「特伝」)を行う。かつて特伝といえば、金曜・土曜の夜と主日礼拝の3回行うのが、当たり前であった。講師も3回あると、人間の罪、十字架の救い、新生の喜び、と十分に語ることができた。又、来会者も3日間続けてくる方も多く、特伝で救いの確信に至り、バプテスマの決心に導かれた方も多かった。それが社会の変化によって、3日間集う方が少なくなり、特伝が2日になり、遂に主日礼拝の1回になった。十分に福音を聞く機会が少なくなった分、特伝で救いの確信に至る人が少なくなったことは、残念である。

しかし、特伝が一回になったとしても、新たな人が招かれ、主の救いを求めるきっかけになれば幸いである。私たちは特伝を迎えるにあたって、「あなたの人生にも役立つ良いお話だから、是非この集会に来てください。」とお誘いしたい。先週の祈祷会の箇所に、「この日は良い知らせの日だ。わたしたちが黙って朝日が昇るまで待っているなら、罰を受けるだろう。さあ行って、王家の人々に知らせよう。」列王記下7:9とあった。私たちは誰かから福音を伝えられて、主の救いに与ることができた。だから、自分が救われたことに満足し、黙っていてはならない。主の救いという良い知らせを伝える責任が私たちにもある。私たちが伝えなければ、誰も特伝に招かれることも、主の救いに与ることもできないだろう。実は、特伝の主役は、講師ではなく、私たちである。

私たちには、特伝の時だけ声を上げて伝えることが求められているのではない。むしろ、日々の生活の中で、主の救いを伝えることが求められている。「日から日へ、御救いの良い知らせを告げよ。」歴代誌上16:23「日から日へ」とは、主日礼拝の時だけではなく、毎日、主の救いを伝えることである。毎日が特伝である。私たちは毎日、何を語っているだろうか。主の救いを語るよりも、不平不満を語っていることが多いのではないか。私たちが「告げる」べきことはなにか。不平不満ではない。それは、「御救いの良い知らせ」「主の栄光」「その驚くべき御業」である。主なる神がイスラエルの民をエジプトの支配から解放して、自由に身にしてくださったように、御子イエス・キリストを遣わして、十字架の死と復活の御業によって、私たちを罪と死の支配から解放して、救い出してくださった喜びの出来事こそ、告げるべきことである。

「良い知らせを伝える者の足は、なんと美しいことか」とパウロは語ったが、美しいのは、足だけではない、その人の人生も生き方も美しい。そんな美しい人になりたい。

 

母の日礼拝💐

5月12日 母の日礼拝 でした

 

幼少科の子ども達からお母さんへプレゼント

何を作ったのかな〜〜?

十字架に思い思いのシールをデコレーション

名付けて  「ラブリーじゅうじか!」「ラブラブじゅうじか!」

さすがのイエス様も照れちゃうかもしれませんね(//∇//)

 

お母さんへ(o^^o)

 

この三人のママ達もかつては教会学校で可愛いものを作って母の日礼拝でプレゼントしてきました。  時代が巡り、新しい命、小さな命達の声が教会いっぱいに響き渡るのは本当に嬉しいです(*≧∀≦*)

 

はい!チーズ(^^♪

 

 

 

涙の子は決して滅びることはない

4世紀に活躍した古代教父アウグスティヌスは、現代においても大きな影響力を持つ神学者であるが、青年時代は異教に没頭し、福音に背を向けていた。しかし、彼は劇的な回心をもって信仰に至る。その背後には、アウグスティヌスの母モニカの祈りがあったと言われている。アウグスティヌスは、救われたのちに母モニカの祈りの様子を語っている。「私の母が祈る時、涙が川の水のように流れ落ちて、彼女がどこで私のために祈ってくれても、あなたのしもべ私の母が祈る時、彼女の膝の下の地面が濡れているほどでした。」座っている所が涙で濡れるほどに、モニカはそれこそもがくようにアウグスティヌスの救いを願って祈り続けたのである。

祈っても無理だ、息子は福音に耳を貸すはずがないと思っても不思議ではない。しかし、愛する息子が救われてほしいとの一心で、モニカは来る日も来る日も涙を流して祈り続けた。それでも息子が救われる機運が微塵もないことに不安を覚え、司教のアンブロジウスの所に相談にいった。すると、アンブロジウスは、「安心して行きなさい。涙の子は決して滅びることはない。」と慰めた。この言葉の通り、モニカがなくなる一年前にアウグスティヌスは回心し、主を信じる者となった。後に、アウグスティヌスは、「自分を二度産んでくれた人」と母モニカに何度も感謝の意を表している。一度目は出産の苦しみであり、二度目は霊の子が誕生する苦しみである。

祈祷会でも、「わが子の救いのために祈ってください。」と毎回リクエストされ、涙して祈っておられる母親がいる。その姿に、ここにも「現代のモニカ」がいると感じる。この祈りは、主の心を激しく突き動かす涙の祈りでもある。ナインの町でやもめの息子が死んだ時、主は泣き崩れる母親を見て、憐れに思い、「もう泣かなくともよい。」ルカ7:13と言われ、息子を生き返らせた。この涙の祈りに主は応えられたのである。

お父さんとは違う、お母さんにしか流せない涙がある。子を思う母の涙である。理屈抜きに飛び込んでいき、無意味だと笑われても必死になって家族の救いのために何でもする母にしか出来ない愛の姿がある。お母さんたち、わが子の不信仰を嘆く前に、諦めることなく、主の心を激しく突き動かすほどの涙の祈りを捧げようではないか。涙の子は決して滅びることはない。主は、涙の祈りを必ず聞いていてくださるからである。そして、教会はいつもこの母の涙の祈りに支えられていることを覚えよう。「主はこう言われる。わたしはあなたの祈りを聞き、涙を見た。」イザヤ38:5

 

子どもの日礼拝⛪️

5月5日 (日・㊗️ )こどもの日

今年はドンピシャ日曜日!

上尾キリスト教会は毎年、こどもの日に一番近い日曜礼拝を「こどもの日礼拝」として、子ども達やユースが礼拝の中でいろんなお役目をするのですが、今年はまさに5月5日が日曜日でした🎏

 

礼拝の司式

奏楽🎹

献金とお祈り

 

上尾教会の「子ども日礼拝」の歴史は長いので、今日は2世代でのご奉仕だったりします(^.^)

 

去年はママに手を引かれてのお役目を、今年はサッサと一人でやってのける、そんな子ども達の成長を大人達は目を細めて見守ります。

 

つい何年か前までは、このちびっこ達のようであったユースのお姉さん達の堂々たるご奉仕は大人顔負け、さすが!です✨✨

 

 

イエス様は、子ども達が大好きでした。子ども達が近寄ってくるのを止めようとした弟子たちに「子ども達を止めてはならない。」とおっしゃいました。

でもね、おとなの皆さん。 がっかりしないで(*´꒳`*)   イエス様はおとなにも「愛する私の子らよ。」と語りかけて下さっていますよ❣️

 

 

 

イースターランチ🐣🍛💕

イースターはちょっと特別なお昼ご飯です🍛

いつものカレーライスと侮るなかれ!

何種類ものサラダもあるし、おしるこのデザートもありました❣️

何より、こうしてみんなでワイワイいただくご飯は何倍も美味しいのです(o^^o)

 

ご飯の後には、たまご探しができなかった大人の皆さんに、子ども達からたまごのプレゼント🎁