Year: 2019

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最上のわざ      

この世の最上のわざは何?

楽しい心で年をとり 働きたいけれども休み

しゃべりたいけれども黙り 失望しそうな時に希望し

従順に、平静におのれの十字架をになう

若者が元気いっぱいで神の道をあゆむのを見つけても妬まず

人のために働くよりも、謙虚に人の世話になり、

弱って、もはや人のために役たたずとも 親切で柔和であること。

老いの重荷は神の賜物

古びた心に、これで最後の磨きをかける

まことの故郷へ行くために

おのれをこの世につなぐくさりを少しづつはずしていくのは、真にえらい仕事。

こうして何もできなくなれば それを謙遜に承諾するのだ。

神は最後に一番よい仕事を残してくださる。それは祈りだ。

手は何もできない。けれども最後まで合掌できる。

愛するすべての人の上に、神の恵みを求めるために。

すべてをなし終えたら、臨終の床に神の声をきくだろう。

「子よ、わが友よ、われ汝を見捨てじ」と。

上記は、ヘルマン・ホイヴェルス(カトリックの神父、上智大学元学長)が書いた『人生の秋に』に紹介されている「最上のわざ」という詩である。この詩は、ホイヴェルス神父が、故郷の南ドイツに帰った時、友人から贈られた詩だそうだ。

年を老い、何もできないと思えるような人生の最期に、「神は最後にいちばんよい仕事を残してくださる。それは祈りだ。」と言う。ここで「最後に残してくださる」と言われていることに注目したい。人生を好き勝手に生きて、何もできなくなった時に、それではこれから祈りでもしようかということではない。そうではなく、常日頃から祈る生活をしていく時に、他のすべてのものが取り去られても、残してくださるものがある、それが祈りだと言う。愛するすべての人の上に、神の恵みを求めるために」祈ることこそ、私たちの人生における最上のわざである。なぜなら、神はその祈りに応えてすばらしいことをしてくださる。私たちは、いつも祈る生活を心掛けたい。

 

平和のためにしてきたことは人生の道だった    教会員

1945年終戦翌年生まれの私が、いくらか戦争に繋がる感覚として覚えているのは 8歳頃の事です。戦後落ち着きを戻した日常もあり、宮城県古川市の七夕祭りも行なわれ町まで見物に行くと、傷痍軍人の奏でるアコーディオンやハーモニカの響きに胸がふさぎました。生活のためだと聞かされた。他方、難病の兄しか口にできない高価なバナナ売りの声も混じっていた。輸入ができるようになったのかも知れない。七夕飾りは美しく揺れていた。また、母は時々、父が戦地から(と言っても、外地に行く直前に終戦)持ち帰ったカーキ色一色のゲートルや外套を見せてくれて、安堵のような気持ちが母から伝わったことなど、覚えている。

中学、高校ではあまり戦争や平和について論じ合う仲間はいなかった。むしろ人生の虚無を個々に漂わす空気は流れ始めていた。高卒後神学校に入ったが、社会人からの学生もいて、折りしも靖国法案が叫ばれ、クラスメイトと一緒に法案反対のために、国立駅前で法案反対の署名活動を始めた。又、特にキリスト教史の得意な親友がいて(後に日本改革派の牧師と結婚)、卒業後も 度々、意気投合し反対運動に参加した。

やがて結婚して子どもも生まれ家族で法案 反対デモに参加した。おんぶしたり、ベビーカーを押したりしながら浦和から東京へ。しかし、子どもが6人与えられ育児で忙しく東京への参加は無理になり、気持ちだけが膨らんだ。子ども達を靖国の英霊にするわけにいかないと焦るばかり。南浦和在住の神学校の恩師に相談すると、自分の近くで始めるよう助言されたがそのままに終わった。やがて靖国法案は廃案になったが、日の丸・君が代、国旗・国歌法案が提出され、再び、親友と連れ立って反対デモで、国会前で雨の中でも座り込みながらチターをならし賛美歌を歌った。信仰の自由、平和、子どもを戦争に送らないと祈りつつ賛美した。国会内の傍聴席にいたが、法案が成立した瞬間、「はんたーい!」と叫んだ女性は即座にだ捕された。高崎から80過ぎた母親と、産婦人科医の仕事を休んで参加していて、いつも一緒に座り込みに参加していたので心配したが数時間後開放された。

平和のためにしてきたことは、私の人生だったなと思える。人々との出会いが与えられ 叫び、祈った人生に神は応えて下さった。そして今、最も身近な上尾教会の多くの方々と平和のために出かけたり、辺野古カレーを食べたり、祈祷会で心一つにしてお祈りできる。御言葉を信じて祈り、平和を先取りしたい。子や孫達のために。

 「平和を実現する人々は、幸いである、その人たちは神の子と呼ばれる。」マタイ5:9

 

平和とは何かを考える    教会員

“平和”とは一体何でしょうか。広辞苑に載っている意味は2つあり、1つは、

”やすらかにやわらぐこと。おだやかで変りのないこと。”もう1つは、”戦争がなくて世が安穏であること。”となっています。

NHK番組「クローズアップ現代」では『戦争とテロ』というテーマで、子供たちから戦争に対する様々な疑問が挙げられていました。なぜ意見が違う時に話し合いではなくて戦争を起こすのですか?ミサイルを飛ばして、得する人はいるのですか?人を殺して何になるの?

戦争の理由には、様々な背景があると思いますが、よく言われるのが、資源・エネルギーの確保や土地、文化の違い、宗教間の争いなどであります。多くの国がお互いに平和を望んでいる一方、軍事力拡大や周囲への警戒・威嚇を起こす矛盾の世界に私たちは生きています。なぜ、私たちはお互いに争うのでしょうか。

私たちの日常生活でも、争いや妬み、悲しみに溢れています。イジメや虐待、差別や偏見、様々な暴力をニュースや身の周りで日々感じています。自分は関係ない、大丈夫と思う人もいるかもしれませんが、私も含め、憎しみや悲しみに心が支配され、気が付かないうちに周囲の人を言葉や行動で傷つけているのだと思います。

子供の時には、”ありがとう”や”ごめんなさい”と素直に相手に言えて仲直りできていたはずが、自分の非を認めず、周囲の人に無関心になったり、相手を攻撃したりするのではないでしょうか。恐ろしいことに、私たちは、いつの間にか、相手の顔を見ようせず、自分中心の生き方になっているのだと思います。まさに、平和とは自分自身の憎しみや悲しみに立ち向かうことなのではないでしょうか。

教会生活を通して、私は神様を知り、神様や家族、友人に多くの愛や赦しをいただいていると感じています。私自身、罪多き者ではありますが、「平和の祈り」の通り、「愛されるよりも愛することを、赦されることよりも赦すことを」望む人であり続けたいと思います。矛盾のある今日だからこそ、隣人を認め、赦し、共に平和を実現する者として歩んでいきたいのです。

あなたがたは神に選ばれ、聖なる者とされ、愛されているのですから、憐れみの心、慈愛、謙遜、柔和、寛容を身に着けなさい。互いに忍び合い、責めるべきことがあっても、赦し合いなさい。主があなたがたを赦してくださったように、あなたがたも同じようにしなさい。これらすべてに加えて、愛を身に着けなさい。愛は、すべてを完成させるきずなです。」コロサイ3:12‐14

 

戦争はしない          教会員

今、私は一枚のカードを見つめている。そこには、少年が赤ん坊を背負い、背筋を伸ばして立っている姿がある。少年は、歯を食いしばり一点を見つめている。このカードを見ていると、心が張り裂けそうになる。

以前カトリックで葬儀があったときに、テーブルの上に積まれていたカードに何気なく目をやった私は、動けなくなった。それを見ていたカトリックの姉妹が「どうぞ持って行って」とくださった。これは、ローマ法王が核兵器廃絶を繰り返し世界に強く訴えられ、今年の1月に、有名な長崎で撮影された「焼き場に立つ少年」の写真をカードに印刷し、裏に「戦争が生み出したもの」という文言と、自身の署名「フランシス」を記載するよう要請し、毎年1月1日に祝われるカトリック教会による「世界平和の日」に先立って配布されたものであった。

亡くなった弟を背負い、焼き場で順番を待つ少年。少年は、穴を掘っただけの焼き場で、白いマスクの大人に赤ん坊を手渡し、目の前で弟は荼毘に付される。アメリカ占領軍のカメラマン、ジョセフ・ロジャー・オダネル氏が撮影したもので、彼のコメントがある。「それからまばゆいほどの炎がさっと舞い上がり、真っ赤な夕日のような炎が、直立不動の少年のまだあどけない頬を赤く照らしました。その時です。炎を食い入るように見つめる少年の唇に血がにじんでいるのに気づいたのは。少年があまりきつくかみ締めているため、血は流れることもなくただ少年の下唇に赤くにじんでいました。」

平和を訴えるなら、何も語らず、この写真一枚で十分だと思う。戦争とは、こういう事なんだと感じてくれさえすればよい。戦争とは、弱い者が犠牲になる。大切な家族を失う。これから、日本では戦争を知らない人たちだけになる時がくる。私も、戦争を知らない。しかし、急激な世界の国同士の自国ファーストの連鎖は止まらず、自国主義のアメリカにくっつき、アジアの中でも孤立をする日本は、決して安泰ではない。一触即発の関係は、さらに心無い政治家の発言で、より危険になる。だからこそ、今私たちは、過去の戦争に至った過ちを心に刻み、世界各国に戦争の悲惨さ、原爆の恐ろしさを訴え、平和憲法を掲げ、世界の皆が平和になる道をリードしていくべきではないだろうか。

『心を尽くし、精神を尽くし、力を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい、また、隣人を自分のように愛しなさい』ルカよる福音書10章27節

平和を尋ね求め、追い求めよ  教会員

今年の4月から長女が小学校に入学しました。ランドセルがカラフルになったり、黒板が電子になったり、時代の変化を感じます。その中でも特に変わったと思うことは、子供を取り巻く治安の悪化です。

小学校でまず初めに配られたのは、防犯ブザーでした。そして、登下校は一人にならないように、班が組まれており、通学路には至る所に大人が立って見張っています。もちろん交通事故から守るためということもありますが、不審者に対する抑止力という意味合いもあります。また、昔は服に名札を付けていましたが、現在では名前を覚えられてしまわないように、名札は学校内にいるときにしかつけていません。

自分が子供だった時を思い出すと、もっとのびのび自由に外出できたように思いますし、子供だけで遊びに行くこともしょっちゅうだったと思います。しかし、今同じように、娘が大人の同伴なしで出かけるというのは怖くてとても送り出せません。

今年で敗戦74年、これからの子どもたちにとっては、戦争体験を直に聞く機会もどんどん減り、「戦争」というものを遠くに感じてしまうかと思います。ただその一方で、昔とは違い、普段の生活の中でもいつ何時事件に巻き込まれるのでないだろうかという危機感をもたされ、行動が制限されていくことが予想されます。来年にはオリンピックも開催され、テロ対策という言葉が頻繁にメディアから流れてくると、ますますこの国の治安は悪化していっているなと残念に思います。

戦争さえしていなければ平和なのか?そうではありません。ここ数年、無差別事件が後を絶たず、顔も見たこともない人に命を奪われるという至って理不尽なことが起きています。いじめ、虐待、差別、命までは奪わなくとも、尊厳や人権を踏みにじる行為が起きています。

これからの時代を生きる子供たちへ、私たち大人には責任があります。自分たちが生きた時代よりもさらに住みやすく、安心な社会を築いていく責任があります。そのためには私には何ができるのか。神様から知恵と力をいただくしかありません。神様の愛という最強の武具を身に着けて、平和の使者として歩んでいきたいです。

「悪を避け、善を行い 平和を尋ね求め、追い求めよ。

主は、従う人に目を注ぎ 助けを求める叫びに耳を傾けてくださる。」詩編34:15-16