育てたように子は育つ

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表題は、相田みつをさんの有名な言葉である。この言葉を見た方から、「育てたように子供は育ちませんよね」と感想を言われたことがある。確かに、「育てたいように」「親の希望通りに」は子供は育たない。しかし、子供は「育てたように育つ」のである。子供を過保護に育てると、自主性のない、指示待ち人間となる。その反対に、放任すると、やる気を失い、人間関係に問題が生じる。「あれはダメ、これはダメ」と言って育てると、善悪の判断が鈍り、否定的な人間となる。他人と比べて育てると、他人を羨み、自信のない人間となる。何でも欲しいものを与えていると、我慢のできない人間となる。子供に失敗を経験させないと、失敗を恐れて何も挑戦しない、積極性のない人間となる。我が子にしか関心を払わないと、思いやりのない自己中心的な人間が育つ。

「育てたように育つ」のは、教育・しつけの面だけではない。「子は、親の後ろ姿を見て育つ」とよく言われるように、親の姿・行動・仕草を、子供はよく見ている。自分の子供を見ていて、「なんだか、自分に似ているなぁ」と思うことがあるが、それは教えてそうなったわけではなく、親がしているからである。この子は、足癖が悪いとか、周りの人を非難するとか、全く言うことを聞かないとか、いつもグズグズしてとか、それは何もないところから生まれてくる性格ではなく、親の姿の反映、つまり、自分に似たからである。自分が育てられたように、実は、子供を育てているのである。

その事に気づくと、周りの人に子供の愚痴を言うのが恥ずかしくなる。子供への自分の育て方や接し方がダメなのだと、人に公言しているようなものである。生まれながらにして、性格の悪い子はいない。悪い性格になるのは、親の悪い性格を見て育つからではないか。中には、親が反面教師として、全く正反対に育つ場合もあるが。だから、自分の後ろ姿を見せられる親になりたい。そのためには、何が必要か。それは、日頃から主により頼むことである。あるお母さんが語っていた言葉を思い出す。

「神様は、どうして私に子供を預けて下さるのでしょう。私が立派な者だからではありまん。私はどうしようもないダメな親だから、自分の手には負えないから、この子を育てるのは、自分の力や努力では無理だから、神様に頼るのです。むしろ、私が神様に頼らなくては、子育てできないことを、神様は、子育ての苦労を通して、教えて下さるのです。神様が親に望んでいることは、親の思ったように育てることではなくて、自分の親としての足りなさを知って、神様に子供を差し出すことです」。主により頼むことによって、親も子も育てられたい。