私から始める、世界が変わる

Home / 週報巻頭言 / 私から始める、世界が変わる

2017年世界食料デーのテーマは、「私から始める、世界が変わる・・・考えてみよう、共に生きること」。途上国の過酷な環境の中で生き抜く人々や幼い子どもたちに焦点を当て、人々がそこでいかに生き続けることができるか、そのために私たち一人一人が何をなし得るか、「共に生きる」とは具体的に何を意味するのか、この時少し立ち止まって共に考え、行動を起こしていきたいと願います。

飢餓と貧困に喘ぐ人々の多くは、物質的な欠乏ばかりでなく、人間としての尊厳をも同時に奪われています。人間として生まれてきたにもかかわらず、まるでそれを否定されるような環境や、極度の貧困の中で様々な搾取の対象として虐げの中に突き落とされています。支援活動がチャリティーで終わらないためには、そのような方々が生き続けるだけでなく人間としての尊厳をいかに回復していくかが、今日の課題です。

『飢餓対策ニュース NO.326』 より抜粋

先日、教会に「子ども食堂“でんでん虫”」を畔吉集会所で始められた方が訪ねてこられた。今年5月より毎週火曜日17:00~19:45、子どもたちと一緒に食事を作って食べ、共に過ごすことを目的として活動しておられるとのこと。この「子ども食堂」には、経済的事情で十分な食事を取ることができなかったり、親が働いていて一人で食事をしている子どもたちが20名ぐらい来ているとのこと。上尾市には他に3か所あり、「子ども食堂」はまだまだ必要であるが、ただ場所を提供してくれる所が少なく、自分たちもいつまで畔吉集会所が借りられるかわからないので、「もし教会を使用させてもらえるなら有難いです」という願いもあって、訪ねて来られたのである。

「子ども食堂」については、教会で取り組んでいるところもあると聞く。それは日本でも6人に1人が「貧困状態」にあると言われ、貧困に喘いでいるのは、途上国の子どもたちだけではないからである。貧困は、子どもにも親にも責任があるわけではない。世間では「貧困は親の努力不足だ」と言った「自己責任」論があるが、シングルマザーの世帯では、約65%が年収200万円未満である。子どもの貧困は、日本社会の構造的な問題が、一番弱い立場の子どもたちに投影されたものに過ぎない。

「わたしの兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、わたしにしてくれたことなのである。」マタイ25:40。一度「子ども食堂」を訪ねて、私たちが何をなし得るのかを、祈り求めていきたい。牧師館取得で、教会が広く使えるようになるのであるから・・