祈りの時           藤原 俊子

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富める者も貧しい者も、神からすべての人に平等に与えられている賜物の一つに「時間」があります。信仰生活において、今のこの一瞬の時から、人の一生涯に至るまでの神から与えられた時をいかにして用いるかという課題は、仕事に追われる現代社会において非常に難しいものだと思います。せめて、主日礼拝と祈祷会を守り、神のみ言葉を聴くことと祈ることができればと考えます。

私は昨年、16年間携わっていた仕事を辞め、クリスチャン企業の仕事に加えて頂くことになりました。その結果、私は、毎朝祈りの時を持ち、主日の礼拝、祈祷会、仕事場でたくさんの祈りの時間が与えられるようになりました。また、昨年より「信徒のための説教学」のサテライト授業に参加させて頂き、礼拝で聖書のみ言葉をいかに説いていくかを学び、想像以上の多くの恵みを頂いています。すべて自分の力ではかなわない神様の導きがあったのだと感謝しています。

中でも「祈り」の時間は、大切な「時」となります。祈祷会は、神の恵みに対する感謝、教会員と牧師先生一家の健康と安全、牧師館、家族の救い、奉仕者、求道者、平和、政治、貧困、それぞれその時々に起こる困難、苦しみなど・・兄弟姉妹と祈りを合わせ、慰め合い、励まし合う貴重な時間となりました。また、説教学の中では、説教をなさる牧師先生のために教会員がとりなしの祈りを捧げることが必要であることを学びました。

今はできる教会での奉仕も、年を取るにつれ叶わぬこととなりますが、そんなときも他の人のために祈ることができます。「祈り」は、無力である者や弱い者の大きな力となります。この祈りこそ、教会の原動力になり、何より、私たちはこの度、上尾教会に牧師館が与えられたことが、長年共に祈り合ってきた恵みとなりました。「祈り」は、この時代には非科学的であるかもしれませんが、たびたび示されてきたこの祈りの力を信じて、私はこれからも、貧しさ、苦しさ、悲しさのために打ち震えている世界中の人々のため、平和のために、祈り続けていきたいと思います。

「どんなことでも、思い煩うのはやめなさい。何事につけ、感謝を込めて祈りと願いをささげ、求めているものを神に打ち明けなさい。そうすれば、あらゆる人知を超える神の平和が、あなたがたの心と考えとをキリスト・イエスによって守るでしょう。」フィリピの信徒への手紙4:6-7