伝道は教会で実を結ぶ

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この会堂で最初の礼拝が捧げられたのは、1999年10月31日のことであるから、来週で18年目を迎える。月日の経つのは、本当に早いものである。上尾教会が目指してきた「地域に開かれた教会」が実現していることは嬉しいことである。三井住宅の自治会館は今月末には完成する予定であるが、その建て替えに伴い、約半年間上尾教会が仮集会所になって、毎週、住民の方が教会に入って来られるようになった。それによって、教会に対する敷居が低くなったことは、間違いない。私も住民の方々と随分親しくなり、教会の集会に誘いやすくなった。12月11日には、コーラス「泉の会」の方々と一緒にクリスマスをお祝するので、大いに期待したい。

「伝道は、関係で始まり、愛で育まれ、教会で実を結ぶ。」とよく言われる。まったく面識のない時は、誘っても来てくださらない方が、一度親しくなると、安心して来てくださる。教会員になった皆さんの中にも、親がクリスチャンだった、子供のころ教会学校に行っていた、ミッションスクールに行っていた、という方が多いのではないか。ですから、日頃から関係作りに心がけていきたい。地域の様々な会合に積極的に参加していると、住民の方々がむしろ教会を宣伝してくださったりする。

福音を伝えても、愛がなければ、信仰に導かれることは少ないだろう。だから「むしろ、愛に根ざして真理を語り」エフェソ4:15と、福音の真理を語る上で、愛に根ざすことが必要だと、パウロは語る。この「愛」を、日本人に伝道したキリシタンの宣教師たちは「お大切」と訳した。それは「相手を大切にし、また何よりも神は私たちを大切に思ってくださっている。」という表現であった。一方的に福音を語ってもなかなか伝わらないが、相手の気持ちを大切にして思いやるところに、福音は伝わるのである。「一方通行」の伝道ではなく、共に福音にあずかる「双方向」の伝道を心がけたい。

いつの時代も、伝道は「教会で実を結ぶ」ものである。教会から離れてしまうと、信仰は独りよがりのものになり、豊かな実を結ぶことはできない。「わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。人がわたしにつながっており、わたしもその人につながっていれば、その人は豊かに実を結ぶ。わたしを離れては、あなたがたは何もできないからである。」ヨハネ15:5と主は言われたが、「キリストの体」なる教会につながる時、人ははじめて信仰の実を豊かに結ぶことができる。上尾教会につながって、一緒に豊かな実を結ぶ人が起こされることを期待して、伝道の業に励んでいきたい。