わが子の救いのために祈ろう!

Home / 週報巻頭言 / わが子の救いのために祈ろう!

内村鑑三は、「後世への最大遺物とは何であるか。それは勇ましく高尚な生涯であると思います。それはこの世の中は、神様が支配する世の中であることを信じることであります。こういう考えを我々の生涯に実行して、その生涯を世の中の遺物として、この世を去ることです」と語り、「力のある人は思想を残すことも良い、事業を残すのもいい、財産を沢山残すのもいい、素晴らしい文学を残すのもいいけれども、最も大切なものは信仰による生涯を神の恵みとして受け止めることで、勇ましく高尚な生涯を送ることだ」と勧める。

「勇ましく高尚な生涯」をもたらす「信仰」をわが子に残せたらよいが、信仰は財産を残すように自動的に残せるものではない。子供が主を信じることがなければ、親がどれほど願っても、信仰には至らない。日本の教会は、信仰が一代目で終わることが多く、それがいつまで経ってもクリスチャン人口1%と言われる大きな要因である。

信仰の継承には、幼児期が一番大切である。古くから、「三つ子の魂百まで」と言われるように、子供は記憶がなくても、その頃までの親のしつけや価値観が染み付いて、子供の人格や性格に生涯影響を及ぼす。「若者を歩むべき道の初めに教育せよ。年老いてもそこからそれることがないであろう」箴言22:6。ですから、ユダヤの家庭では、5歳までにモーセ五書を暗記させ、食前、寝る前には祈ることを習慣づけた。

上尾教会が子供と共なる礼拝を捧げているのも、幼児期から主を敬うことを心に植え付けるためである。小学6年生までにバプテスマに導くことは大切である。中学生になると、部活や交友関係の影響力が強くなり、親の影響力が極端に低下し、就職後は、経済的にも自立するので、親の影響力はほとんどなくなる。成人してからは、「教会に行きましょう」と誘っても、子供は見向きもしなくなるのが現実である。

「わが子はもう手遅れです」という親に出会う。しかし、失望しないでほしい。「人間にできることではないが、神にはできる。神は何でもできるからだ」マルコ10:27。子供が幾つになっても、神が働かれるなら信仰に導かれる。大切なことは、諦めないことである。主は、「誘惑に陥らないよう、起きて祈っていなさい」ルカ22:46と言われた。私たちは「諦め」という誘惑に陥って、祈ることを止めてはならない。アウグスチヌスの母モニカは、息子の救いのために、教会に来て「涙の祈り」を捧げ続けた時、その祈りは叶えられた。「私はあなたの祈りを聞いた。あなたの涙も見た」イザヤ38:5。神は、必ず祈りに答えて下さると信じて、祈祷会に来て、わが子の救いのために祈ろう!