へりくだる霊の人   秋山 純子

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私が初めてスチュワードシップと言う言葉を耳にしたのは、バプテスマを受けて四か月後であった。総務委員長が、「信仰生活一割アップ、この世の生活一割ダウン、祈祷会に出ましょう!」とアピールをしていた。なぜそんな標語なのと思いながら祈祷会に行くと、二組のご夫妻が集会前に弁当を食べていた。職場から家に戻ってしまうと祈祷会に行くのがおっくうになるので、水曜日の夕食は弁当にして祈祷会に参加すると言うのである。現在もこの二組のご夫妻は遣わされた教会で忠実に主に仕えておられる。原田さんと左京さんと言われますが、上尾教会の礼拝に来てくださったこともあり、「世の光」誌に原稿が載ったこともあります。

なぜこの出来事を思い出したかと言うと、上尾教会に来て27年が経ちますが、皆さんの週報の巻頭言や礼拝での証しを聞いて、なるほどそう教えられたのね、気づかせてくださったのは神さまね、良かったね、秋山家の子どもたちの証しなどは、やっぱり私の子育てはまあまあだなんて、他人事のようにスチュワードシップ月間を過ごしていたからです。この時期、奉仕希望の用紙が配られますが、自分から一度も出したことがありません。なぜなら、出さないのに山ほど奉仕が回ってくるからです。むしろ奉仕を今年こそはどうやって減らせるか思い巡らしています。

まさに神さまに対して傲慢と言わざるを得ません。サムエルのように、「主よ、お語りください。僕は聞きます」と言う姿がそこには無いからです。「私はこう決めました。だから、主よ、納得してください」という訳です。「信仰生活一割アップ、この世の生活一割ダウン、祈祷会に出ましょう!」のアピールを聞いて応答し、コツコツと信仰生活を積上げて行く従順さに、神の祝福が伴うのだと思います。イザヤ書57章15節に、「高く、あがめられて、永遠にいまし、その名を聖と唱えられる方がこう言われる。わたしは、高く、聖なる所に住み、打ち砕かれて、へりくだる霊の人と共にあり、へりくだる霊の人に命を得させ、打ち砕かれた心の人に命を得させる。」とあります。

すべてが主から与えられたものと感謝しつつも、充足していない時もあります。だんだん自分の経験や考えに頼り、行動しがちになってきます。今年はCT・X線・内視鏡やら薬のご厄介になりました。映像を見る度にがっかりしたり、不安になったり・・。今一度立ち止まって、神さまにスキャンしていただき、打ち砕かれ、へりくだる霊をいただき、自分の走るべき行程を歩んでいきたいと願っています。