深い反省          教会員

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8月15日、終戦の日を迎えました。来年からは新しい年号となるため、今年は平成最後の終戦の日となりました。私の職場でも12時に黙祷の放送があり、一時手をとめ黙祷に伏しました。戦後73年が経ち、戦争を体験された方からお話を聞くことが段々と難しくなります。私たちの世代が、先の戦争の話しを聞くことができる最後の世代かもしれないと思うと、戦争の悲惨さや平和への思いを次の世代に引き継いでいかなくてはいけない使命があります。

東京で開かれた全国戦没者追悼式における天皇のことばの中に「深い反省」という言葉があり、クリスチャンとして、とても共感を覚えました。戦時下で日本が行ってきたひどい行為に対する、日本の謝罪が十分でない中、真摯にその罪と向き合い、本当の悔い改めが必要であると思います。

しかし、安倍首相の式辞には「今日の平和と繁栄が、戦没者の皆様の尊い犠牲の上に築かれたものであることを、私たちは片時たりとも忘れません。改めて、衷心より、敬意と感謝の念をささげます。」という一文がありました。戦争で亡くなった方々に対しては、哀しみや申し訳ないと思う気持ちはありますが、日本のために尽くしてくれた事に対して敬意と感謝をするという言葉には違和感を覚えました。

同日、靖国神社には「みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会」50人の国会議員の参加がありました。政党別の内訳は自民党48人、日本維新の会1人、希望の党1人。日本の第一与党が靖国神社を崇拝する姿に、戦争という行為を正当化しようとする思惑が感じ取られ、危機感を覚えます。

天皇と首相の言葉の中には、平和を願う言葉がいくつもありました。その平和の思いが、日本や一部の人のことだけでなく、沖縄の基地問題や福島の原発問題などで苦しむ人や弱い立場にいる人、戦争で被害を受けた国々の人々、さらには、日本がこれから争うことになるかもしれない者にも向けられることを祈ります。

「わたしは神が宣言なさるのを聞きます。主は平和を宣言されます。御自分の民に、主の慈しみに生きる人々に彼らが愚かなふるまいに戻らないように。」詩編85:9